2012年2月20日月曜日

イエス・キリストの神の義を純白の衣のように着せられて生きる (吉村博明)

 
説教者 吉村博明(フィンランドルーテル福音協会(SLEY)宣教師、神学博士)
  
主日礼拝説教 2012年2月19日 変容主日 
日本福音横須賀教会にて
  
列王記下2:1-12a、
コリントの信徒への第二の手紙3:12-18、
マルコによる福音書9:2-9
  
説教題 イエス・キリストの神の義を純白の衣のように着せられて生きる
  
  
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。

わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様
  
 
1.      はじめに - 三人の弟子の選別

 本日は、教会の暦では1月に始まった顕現節が終わって、来週からイースターへと向かう四旬節が始まる節目にあたります。福音書の箇所には、イエス様が山の上で「変容した(μετεμορφωθη)」(9章2節)という出来事が定められていることから、変容主日とも呼ばれます。本日は、この主の変容の出来事を通して、神の私たちに対する愛と恵みについて学びを深めていこうと思います。
 
 イエス様は、12弟子のうちからペテロと、ヤコブ・ヨハネの二兄弟を選んで、高い山に登ります。なぜ、この3人なのか、その理由は定かではありません。イエス様は別の時にも、例えば、ユダヤ教の会堂長ヤイロの娘が死んだと宣された直後に娘を起き上がらせますが、その時家の中まで同行を許したのはこの三人だけでした(マルコ5章37節)。それから、イエス様が十字架に架けられる前夜、エルサレムの町の外側のゲツセマネで祈りを捧げた時、近くまで同行するのを許したのもこの同じ三人でした(14章33節)。そもそも、イエス様が12弟子を選んだ目的は、弟子として始終共にいることで(3章14節)主が語る教え、行う業、そして主に起こる出来事をつぶさに目撃させて記憶にとどめさせ、後に世界に向かって証言させるためでした。そうした直近の目撃者の証言が土台となって福音書や使徒言行録が出来上がっていきます。それにしても、こうした非常に特殊な場面 - 死んだと宣された娘を起き上がらせた時、モーセとエリアが姿を現して神の声が轟いた高い山の頂上、主が苦渋に満ちた祈りを神に捧げた深夜の祈りの場所 - になると、なぜかイエス様は限られた者のみ、それもいつも同じ三人を連れて行ったのであります。どうしてでしょうか?
 
考えられることは、こうした特殊な場所は本来なら、神の子イエスと神の二者だけがいることが許される場所であり、人間がそばにいる筋合いはない場所なのですが、それでも将来証言をしてもらうのに最低限の目撃者が必要だった、ということです。それでは、なぜいつもペトロとヤコブ・ヨハネ二兄弟の三人なのか。他の弟子たちに比べ、彼らが優れた弟子だということで、主は選んだのか。そこで、この三人の弟子としての経歴をみると、どうもそうとも言えない。ヤコブ・ヨハネの二兄弟などは、母親と一緒にイエス様のもとにすり寄って、神の国が来たら王様イエスの左大臣と右大臣にして下さいなどと抜け駆けを試みたりします。しかし、主からは「お前たちは自分で何を願っているのかわかっていない」とお叱りをうけてしまいます(10章38節)。ペトロに至っては、自分は死ぬことになろうとも主を見捨てはしない、と誓ったのに、いざイエス様が逮捕され自分にも嫌疑が及びそうになると、あんな男は知らないなどと公言してしまいます。しかし、こうした人間的な弱さを持つ弟子たちが、イエス様の十字架と復活の後で全く別人になったことも事実です。イエスの名を広めたら命はないぞと脅されてもペトロはもう怯まなくなりました。ヤコブはヘロデ・アグリッパ1世の迫害に会い、命を落としました(使徒言行録12章2節)。主は、彼らが人間的な弱さを持っていたことを十分承知の上で彼らを選んだのであります。それは、主ご自身が後で彼らを強めることになると知っていたので、最初の弱さは主にとって別に問題ではありませんでした。むしろ、弱さを大っぴらにするようなタイプの方が、主としては強くするし甲斐があったのかもしれません。以上をもって、なぜいつもあの三人か、という質問の答えは十分ではないかと思います。願わくば、主が、弱さを持つ私たちをも同じように強めて下さいますように。
  
それから少し余計な補足になりますが、本日の箇所に出てくる「高い山」について、マルコ8章27節をみると、イエス様一行はフィリポ・カイサリア近郊に来たとあります。それから本日の箇所までは地理的な移動は述べられていません。もし一行がまだ同地方に滞在していたとすれば、この高い山はフィリポ・カイサリアの町から30キロメートル北にそびえる標高2700メートルのヘルモン山と考えられます。キリスト教の古い伝承ではガリラヤ地方のターボル山というのもあるそうですが、これは丘陵地帯の中の600メートル位の標高ですから、「高い山」には当たらないでしょう。それで、ヘルモン山ということにしますと、この山の頂上は森林限界を超えたところにあり、夏でも雪田を残しているそうです。これを聞くと、登山を趣味にしている人なら、日本アルプスの景色を思い浮かべるでしょう。孤高と言うことであれば、同じ標高を持つ白山のイメージになるかもしれません。こういう高い山の常として、頂上からは雲海を見下ろすことが出来ます。雲海が乱れて雲が頂上を覆うと、頂上は濃い霧のただ中になります。本日の箇所で、神の声が轟いたのは山頂が雲に覆われた時でした(9章7節)。高い山の山頂が突然雲に覆われて視界が無くなったり、そうかと思うとすぐに晴れ出すというのは、何も特別なことではなく普通に起こることであります。そういうわけで、本日の箇所に現れる雲は、このような自然界の通常の雲でそれを神が利用したと考えられます。または、神がこの出来事のために編み出した雲に類する現象だったということも考えられます。どっちだったかはもはや判断できなません。この件は、判断しないままにしても、本日の学びには何の支障もありません。
  
 
2.      イエス様の変容

 山の上でイエス様が変容したというのは、「来ている服が非常に真っ白に輝いた」(9章3節)ということですが、服が白く輝くことが「変容」というのはどういうことか、ピンとこないかもしれません。実はこれの意味するところは続きの文を見ればよくわかります。お手元の聖書では、「この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった」とあります。「さらし職人」というのは、衣服や布の汚れや余計な色を洗い落として純白にする職業の人たちです。今で言えば、漂白するということでしょう。当時どんな漂白剤があったのか、それとも水で洗っては日光に晒す、の繰り返しだったのかは、ちょっと調べがつかなかったのですが、いずれにしても古代世界においても、衣服・布を純白にする専門家がいたということであります。ここで重要なのは、「この世のどんなさらし職人」も白くできないくらいに白く輝いたということであります。原文に忠実に訳すと「この地上では、さらし職人が白くできないくらい」白く輝いたということで、イエス様が放つ白い輝きは、この世的でない白さ、天上の白さということになります。ここで、イエス様は、罪や不従順の汚れに全く染まっていない神の子としての存在をあらわにしたのであります。
 
 罪や不従順の汚れに全く染まっていないイエス様がどのような白さを持っているかを示されたことで、逆に私たち人間がどれだけそのような白さから遠ざかった存在かが明らかにされます。神の目から見て、人間の真の姿というのは、最初の人間の堕罪以来、神への不従順と罪を代々遺伝的に受け継いでしまう存在でした。もちろん、世界には悪い人だけでなく、良い人も沢山います。しかし、創世記2章17節と「ローマの信徒への手紙」5章に記されているように、最初の人間が不従順に陥って罪を犯したことが原因で人間は死する存在になってしまいました。それで、人間は代々死んできたように、代々罪と不従順の汚れを受け継いできたのであります。人間が、この汚れから洗い清められ、永遠の命に与れるようになるためには、神の意志を100%満たすことができなければなりません。しかし、それは不可能なことであります。「ローマの信徒への手紙」7章でパウロが明らかにするように、神の意志を表している律法とは、人間が救いを得るために満たしていくものというより、人間が神の意志からどれだけ離れた存在であるかを思い知らせるものなのであります。詩編のなかで、ダビデ王は神に「わたしの咎をことごとく洗い、罪から清めて下さい」(51章4節)、「わたしを洗ってください 雪よりも白くなるように」(9節)と嘆願の祈りを捧げますが、これからも明らかなように人間の罪と不従順の汚れからの洗い清めは、もはや神の力に拠り頼まないと不可能なことなのです。
 
 このように人間が自分の力で罪と不従順の汚れを洗い清めることは不可能でありますが、神がかわりにそれをしてあげることは可能でした。神は、罪と不従順を受け継ぐ人間を「赦す」ことで、人間を洗い清めることとしました。それでは、その赦すことが、どのようにして人間の洗い清めになったのでしょうか?神は、ひとり子イエスをこの世に送り、本来人間が背負うべき罪と不従順の裁きを全部彼に負わせて、十字架の上で死なせました。イエス様が身代わりとなることで、人間を罪と不従順の裁きから自由にし、赦しを与えたのであります。さらに、イエス様を死から復活させることで、死を超えた永遠の命への扉を私たちに開いて下さいました。これらのことが自分のためになされたとわかり、イエス様を救い主と信じて洗礼を受ける時、私たちは、「ガラテアの信徒への手紙」3章27節に言われるように、「キリストを被せられて着せられた」者となって、永遠の命、復活の命に至る道を歩み始めるのであります。こうして人間は、神がイエス様を用いて整えられた赦しを受け取ることになったのであります。
 
もちろん、キリストを頭から被せられただけですので、内側にはまだ罪と不従順に結びついた「古い人」が留まっています。しかし、神は、信仰を持って生きる者に被さっているイエス・キリストの白い衣をみて、その人の「新しい人」を見て下さるのであります。この時、私たちは、このような取り計らいをして下さった神に強い信頼感を抱き、絶えることのない感謝の念で満たされます。人生の歩みの中で、何が起きても、決して弱まらず絶えることのない信頼と感謝を持ち続けることができるのです。そのような信頼と感謝を持てるようにして下さった神は永遠に称えられますように。
 
ここで一言注意しておくと、神がイエス様を用いて整えられた赦しは、本当は全人類に提供されています。しかし、この赦しが自分に向けられたものであることがわからず、そのためイエス様を救い主とも信じず、洗礼を受けない場合は、提供された赦しは提供されている状態にとどまるだけです。信じて洗礼を受けた場合にのみ、提供された赦しを受け取ることになり、イエス様の白い衣を着せられることになります。
  
 
3.      ペトロの仮小屋建設の提案と神の声

 以上から、イエス様が変容した時、それは、罪と不従順の汚れがなく、神の意志を満たしているという神の義というものの純白さを表していることが明らかになりました。それにあわせて、私たちがイエス様を救い主と信じて、洗礼を受ける時、この純白な神の義が頭から被せられることがわかりました。しかしながら、本日の箇所はまだ続き、不可解なことが出てきます。
 
 まず最初に、ペテロがイエス様とモーセとエリアの三人それぞれに仮小屋を建てると言ったことは何なのか、ということがあります。記述によれば、弟子たちは恐れおののいて、ペテロは何を言っていいのかわからなかったとあります。ペテロは、恐怖のあまり気が動転して、意味不明なことを口走っただけなのでしょうか?いいえ、そうではありません。ペテロの言ったことにはそれなりの意味があって、ペテロはそれを知っていました。ただ、その言ったことが、神の目から見て完全に筋違い、的外れだったということであります。それでは、ペテロの言ったことにはどんな意味があって、どうしてそれが筋違いなことだったのか、みてみましょう。
 
 ペトロが建てると提案した「仮小屋」というのは、原文のギリシャ語でスケーネーσκηνηと言います。スケーネーは、「ヘブライ人への手紙」の8章や9章に出てくるように、神に礼拝を捧げる場所である「幕屋」を意味します。ペトロが建てると提案したスケーネーというのは、まさにイエス様とモーセとエリアに礼拝を捧げる場所のことなのであります。では、なぜこれが筋違いな的外れなことなのかというと、まず、イエス様をモーセとエリアと同等にみなすことになるからです。確かに、モーセは、神の意志を表す律法を直接神から授かりそれを人間に受け渡した神の人であります。エリアは、預言者の代表格です。しかし、イエス様は神の子であり、また律法の実現を体現された方、預言者たちが預言したことの成就そのものであります。まさに律法や預言の実現・成就そのものであり、それらを受け渡した人、宣べ伝えた人とは同等には扱えない存在なのであります。それに加えて、モーセやエリアにも幕屋を建てるというのは、彼らを神同様に礼拝を捧げる対象にしてしまうことです。こうしたペテロの意味を成すが筋違い的外れな提案は、天の一声に一蹴されてしまいます。「これは私の愛する子。彼に聞き従え。」まさに、「ここにいるのは神の子である。律法の受け渡し人、預言の宣べ伝え人と一緒にするな」ということであります。
  
 
4.イエス様のかん口令

 本日の箇所で、もう一つ不可解なことがあります。それは、イエス様が三人の弟子たちに、山の上で見たことを自分の復活が起きるまでは言いふらすなと命令したことです。なぜなのでしょう?
 
これは、先に見たペトロの筋違いな提案を考えるとわかります。フィリポ・カイサリアでペトロはイエス様のことを「メシア」と呼びました(8章29節)。それにもかかわらず、山の上ではイエス様をモーセやエリアと同等にみなしました。つまり、イエス様は一種の卓越した預言者の扱いであります。マルコ8章28節が明らかにするように、一般民衆のイエス理解も、同じように預言者の再来であります。ところで、「メシア」と言っても、イエス様の十字架と復活が起きる前のユダヤ教社会では実にいろんな理解がされていました。ダビデの王国を再興する王を意味する場合もありました。その王国というのも、この世的な国でなく、今の世が終わった後の新しい世に唯一栄える王国を意味する場合もありました。メシアはまた、今の世の終わりに神に選ばれた者だけを集めて新しい世に導いてくれるような救世主だったりする場合もありました。ゼベダイの二人の息子と母親が右大臣と左大臣にして下さいと言ったのは、イエス様が王様になると考えたからですが、これもイエス様をメシアと考えるものです。ペトロがイエス様のことをはっきり「メシア」と呼んでも、その時どんな意味であったかは定かではありません。
 
さらに注意しなければならないことは、十字架と復活の出来事が起こる前は、イエス様を預言者とかメシアとか見なしたりすることはあっても、イエス様が受難を通過して神の人間救済計画を実現するメシアだとは誰一人として思い及ばなかったことです。イエス様が、御自分の受難と復活を予告された時、ペトロは激しく反対し、そのためにイエス様に強く叱責されます(マルコ8章31-33節)。イエス様が同じ予告を繰り返したときは、弟子たちはただ困惑して何も言えません(9章30-32節)。彼らにとって、メシアがそんな惨めな死に方をするなどとは想像を超えたことでした。
 
イエス様についてきわめて表面的なメシア理解が支配的な状況では、山の上で見たことを言い広めたら、逆に表面的な理解をますます強めるだけだったと考えられます。ナザレのイエスはモーセ、エリアと並ぶ偉大な預言者という理解を強めただけだったでしょう。神の「これは愛するわたしの子」という声を聞いたことを言い広めても、それですぐイエス様が神と同質な方であると理解されたかどうか疑わしいと言わねばなりません。十字架の死と死からの復活の出来事が現実に起きない限り、イエス様のメシア性の本当のことはわからないのであります。十字架と復活が起きる前の段階では、イエス様がモーセとエリアと一緒にいたことや神の声の意味内容は、とてもわからないのであります。イエス様としては、十字架と復活の出来事の前に余計な誤解や憶測を増やすことは避け、ただ黙々と神の人間救済計画の実現の道を進むことに集中したのであります。
 
そして、十字架と復活の出来事が起きて、神が定めたメシアの真の姿が明らかになりました。つまり、メシアとは(この世的でない)神の国の王ではあるが、実は自ら身代わりとなって人間を罪と不従順の裁きから救い出し、その方を救い主と信じて洗礼を受ける者を神の国に迎え入れてくれる、そういう救世主であることが明らかになったのであります。その時、あの山の出来事を目撃した者からすれば、罪と不従順の汚れを持つ人間が洗い清められるのは、まさにあの時目撃したあの純白な衣を頭から被せられることに他ならないとわかるのであります。「人は洗礼を受ける時、イエス・キリストを頭から被せられて着せられる」という、先ほど引用したガラテア3章27節の教えも、変容の出来事を目撃した者がいなかったらでてこなかったでしょう。
  
 
5.おわりに

 以上、本説教において、高い山の上でイエス様が変容した時、それは、罪と不従順の汚れがなく、神の意志を満たしているという神の義というものの純白さを表していることを明らかにしました。それにあわせて、私たちがイエス様を救い主と信じて洗礼を受ける時、この純白な神の義が頭から被せられることがわかりました。それから、ペトロの三つの仮小屋建設の提案は、的外れで筋違いな提案であったことが明らかになりました。最後にイエス様のかん口令について、山の上の出来事はイエス様のメシア性を明らかにするものですが、まだ十字架と復活の出来事が起こる前の誰一人として正しいメシア理解を持っていなかった時に出来事を言い広めると、かえって誤った理解を助長する可能性があったことがわかりました。十字架と復活の後で人々が正しいメシア像を持った時に言い広める方が、効果的だったのです。
 
 最後に、洗礼を通してイエス様の純白の衣を着せられた人間はどのように生きていくことになるかについての、ルターの教えを引用して本説教の締めにしたいと思います。
「(詩編51章9節で罪の告白をするダビデが神に対して、自分を雪よりも白いものにかえて下さいと嘆願したことについて)どのようにして人間は、雪よりも白くなることができるであろうか?これに対する答えは以下の通りである。まず、人間の中には霊と肉があるが、聖パウロの言葉を借りれば、人間には肉と霊の汚染状態が残り続ける。霊が汚染された状態とは、神の罪の赦しの恵みを疑うこと、信仰が弱いこと、神に対して文句を言うこと、絶え間ない苛立ち、そして神の意志を知ろうともしないし理解しようともしないことがそうである。肉が汚染された状態とは、悪い欲望、殺意、盗み、憎悪、嫉妬、その他これらに類するものがそうである。
 
 もし君がキリスト教徒というものを正しく判定しようとするなら、キリスト教徒が性質上どんな人物であるかを見てはならない。なぜなら、性質上という時、君はキリスト教徒の中に清さが全くないということに気づかされるからだ。そうではなくて、聖霊によって新しく誕生させられた者としてキリスト教徒はどんな人物かを観察しなければならない。この新しい霊的な誕生は、人間は実現することができない。それを実現できるのは、ただ神のみである。
 
この新しく霊的に誕生する時に人は雪よりも白くなり、汚れを伴った最初の肉体的な誕生はもはやその人に害を及ぼす力はない。もちろん、人に罪と不従順の汚れは残り続けるが、主が目に止められるものは、洗礼の時に被せられた純白の服と新しく霊的に誕生する人の信仰、それに父なる神の愛する御子の清く神聖な血である。御子の清く神聖な血というものは、純白な服と同じように、新しく霊的に誕生する人に着せられる装飾品のようなものである。このように、キリスト教徒とは、性質上はまだ汚れが残っている者であるが、洗礼と聖霊がもたらした新しい霊的な誕生を通して、また信仰においてキリストを身に纏っているので、雪よりも白いのである。」、
   
 
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン
   

2012年2月13日月曜日

イエス様の二正面作戦 (吉村博明)

 
説教者 吉村博明(フィンランドルーテル福音協会(SLEY)宣教師、神学博士)

 
  
主日礼拝説教 2012年2月12日 顕現節第六主日 
日本福音ルーテル日吉教会にて

ミカ書7:14-20、
コリントの信徒への第一の手紙9:24-27、
マルコによる福音書2:1-12

説教題 イエス様の二正面作戦
 
  
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。

わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様
  
 
1.      はじめに

 「二正面作戦」などと言うと、今年1月初めにアメリカのオバマ大統領が今後の米国の軍事戦略を発表したニュースを思い出します。なんでも、二つの大規模な戦争を同時に遂行できるという、従来の「二正面作戦」をやめて、今後は世界各地の紛争に機動的に対応できるようにするということだそうです。ニュース解説などでは、米国の国力の相対的低下などが背景にあるなどと言われておりました。本説教は「イエス様の二正面作戦」などと物騒な題ですが、もちろんイエス様が大規模な軍事行動に関わったという意味ではありません。本日の福音書の箇所で、イエス様は二つの大きな敵に前方と後方の両面で遭遇しながらも、瞬く間に双方とも打ち倒したという意味です。ここで言うイエス様の二つの敵とは、国際政治や国の安全保障問題を論じる者からすれば、馬鹿げたものでしょうが、一人一人の人間の心や命を論じる者からみれば、それこそ人間の安全保障にかかわる問題だと理解できるものです。世界の超大国は二正面作戦を取り下げざるを得なくなりましたが、イエス様は堂々と立ち向かい、敵を打ち倒したのであります。
  
それでは、イエス様が遭遇した二つの敵とは何でしょうか?本日の福音書の箇所を少し前後をひろげて、その中においてみるとそれが見えてきす。そういうわけで、まずはマルコ福音書に沿って出来事の流れをみていきましょう。
  
 
2.      マルコ2章1-12節 ― イエス様の宣教の転換点

ヨルダン川で洗礼を受けたイエス様は、ユダの荒れ地で悪魔の試練に打ち勝った後で、洗礼者ヨハネがガリレアの領主ヘロデ・アンティパスに捕らわれたとの報に接し、そのガリレアに乗り込みます。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて、良い知らせを信ぜよ」と宣し、いよいよイエス様の宣教活動が始まりました。シモン、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの4人の漁師を最初の弟子に召し出します。以上は、マルコ1章20節までの出来事です。本日の箇所の理解のためには、ここから後の流れをよく注意してみる必要があります。
 
マルコ1章21節で、イエス様はガリラヤ湖畔の都市カファルナウムに入ります。そこでは、出来事に満ちた長い一日が待っていました。イエス様は、まず会堂の安息日の集会で会衆に教えます。会衆は、その教えが律法学者とは異なった権威を持つ教えであると気づき、驚嘆します(22節)。会堂には汚れた霊にとりつかれた男がいましたが、イエス様は霊を男から追い出します。会衆は一層驚嘆し、イエス様の教えは「力を伴った新しい教え」だと口々に言います(27節)。この出来事がもとでイエス様の評判は、たちまちガリラヤ地方の全域に広まります(28節)。
 
会堂から出たイエス様は、4人の弟子たちとすぐシモンとアンドレの家に行きます。そこで、シモンの病気のしゅうとめを癒します(29-31節)。ところが、日が沈むころまでには、大勢の人々が病人や悪霊にとりつかれた人を大量に連れてくるようになり、さながら家の入口にカファルナウムの全住民が押し掛けたような状態になりました。それでも、イエス様は彼らを癒され、悪霊を追い払いました(32-34節)。ここで初めてイエス様の大量癒しが始まったのです。
 
 35節によると、イエス様は朝とても早い時間に家を出て、祈るために人気のない所に抜け出しました。イエス様の癒しの行いはほぼ徹夜で続けられたのでしょう。後を追ってきた4弟子がイエス様に言います。群衆があなたを探しています、と。なぜ群衆がイエス様を探しているかというと、それは明らかに癒しを受けるためであります。そのことはイエス様の次の言葉にもうかがえます。「別のところへ行こう。宣べ伝えができるように近隣の町や村に行こう。そのために私は来たのだから(38節)。」つまり、イエス様としては、教えを宣べ伝えることを主眼としているのに、人々は癒しを受けることを主眼にしている。もちろんイエス様は、一貫して癒しの活動を続けますが、彼としては、教えあっての癒しでなければならない。それなのに、どうも人々の方はなんでもいいから癒しを先に、という状況があったことが見えてきます。
 
 39節によると、イエス様はガリラヤ全域の会堂を回って、教えを宣べ伝え、悪霊の追い払いを行ったとあります。その時の出来事として、らい病患者の癒しが起きます。「宣べ伝え第一主義」のイエス様でしたが、患者のあまりにも切ない、へりくだった嘆願に心を動かされて彼を癒します(40-41節)。イエス様は男に、誰にも何も言うな、黙ってモーセ律法に従って(レビ記13章49節、14章2-4節)祭司に体を見せて清めの儀式を執り行いなさい、と命じます(43-44節)。イエス様が、自分が癒したと誰にも言うなと命じたのは、「宣べ伝え第一主義」の方針に立っていた彼としては、癒しを目的に群衆が押し寄せる事態を避けたかったのでしょう。[1] しかし、癒しを受けた人は、イエス様の命令を聞かず、出来事をおおっぴらに広めてしまいます。その結果、町の中にいても外に退避してもどこにいても、一層大勢の人がイエス様のもとに集まるようになってしまい、結局はカファルナウムに戻ってきてしまいます。そこで本日の福音書の箇所である2章1-12節が始まるという次第です。
 
イエス様は、ある家に入られますが、家の中も、周りも全て人、人、人でぎっしり埋めつくされてしまう。それでも、人々を前にイエス様は教えを宣べます。集まった人たちの中には、癒しの必要がなくて教えを聞くために来た人もいたでしょうが、今までの流れからみて、大半は癒しを必要とする人たちや彼らを運んできた人たちであったことは明らかでしょう。彼らは黙って教えを聞いていますが、いつ癒しが行われるかを今か今かと待っています。ちょうどその時、4人の男が全身麻痺状態の病人を寝床ごと運んできました。しかし、大勢の人に遮られてイエス様に近づくことができない。そこで、なりふり構わず、家の屋根に穴をあけて、そこからイエス様のもとに寝床ごと吊り下ろすという挙にでたのです。イエス様は教えるのを中断されましたが、5人の男たちがイエス様なら必ず治せると信じきっていて、それを一寸も疑っていないことを目のあたりにしました。まだ十字架と復活の出来事が起きる前のことですが、イエス様は男たちの盲目的ともいえる絶大な信頼に、あるべき信仰のかたちを見出したのであります。教えを中断したイエス様は、吊り下ろされた男と向き合いました。
 
そこでイエス様の口から出た言葉は、意外にも癒しの言葉ではありませんでした。それは、「お前の罪は赦される」という罪の赦しの宣言でした。この時点では、男はまだ寝床に横たわったままです。これは一体どういうことか。今まで大勢の人を癒してきたのに、何も起きないではないか、自分たちは癒しを受けるために、ここに来たのに。まさに人々がそう反応するかしないかという時に、意外な展開が始まりました。モーセ律法を始めとするイスラエルの聖典を研究したり解説したりする任にあたる律法学者が、難癖をつけ始めたのです。罪を赦すことができるのは神以外にいないのに、この男は自分を神と同等の地位に置いた、神を侮辱するものである、と。
 
その後の展開は、本日の福音書の箇所に記されている通りです。結果的に男は癒されます。しかし、大事なことは、イエス様は、それまで会堂での悪霊追い払いや、シモンのしゅうとめやらい病患者の癒しの時のように、即座に癒しを与えなかったということです。これまで見てきたように、イエス様は教えを宣べ伝えることを第一に考えていました。ところが、評判が広まれば広まるほど、人々は癒しを受けることを第一にして集まってきました。その繰り返しが、本日の箇所で一段落します。注目すべきは、本日の箇所の前は、「イエス様は教えられた」と書かれていても、教えの内容には全く触れられていませんでした。マルコの記述の中心は、イエス様は教えかつ癒したが、人々は癒しを求めては集まり、その度にイエス様は場所を変えて教え癒し、そしてまた人々が集まってくるという繰り返しでした。それが、本日の箇所の後は、教えの内容が詳しく記されるようになるのです。本日の箇所の直後に、イエス様はなぜ罪びとと会食するのかという議論があり(2章15-17節)、それに続いて断食の是非についての論争(18-22節)、安息日の意味についての論争(23節から3章6節)、その後も、ベルゼブル論争、イエス様の真の家族についての教え、「種まき人」をはじめとするたとえを用いた教え、というふうにイエス様の教えの内容を前面に出すような記述が続いて行きます。
 
本日の箇所の前でイエス様の教えの内容が記されていないというのは、実際に人々が教えよりも癒しを求めたという当時の雰囲気を表していると言えます。それが、本日の箇所の後から教えの内容が詳しく記述され始めるというのは、本日の箇所の出来事をきっかけとして、人々の間でイエス様の教えそのものが注意して聞かれるようになったことを反映していると言えるでしょう。
 
そのようにしてみていくと、本日の福音書の箇所は、イエス様が単に病気を治してくれるありがたいお方という程度のスケールを超えた方であるということに人々の目を向けさせる転換点になっていると言うことができます。それでは、このマルコ福音書の最初の大きな転換点をなす本日の箇所の出来事で何が起こったのか。イエス様が二つの敵を相手にそれを打ち負かしたというのはどういうことか。そうしたことを以下にみていこうと思います。
  
 
3.      第一の敵 人間の自己中心的な信仰

 イエス様が遭遇した敵として、まず、人間の自己中心的な信仰がありました。イエス様は、これを神を中心とする信仰に置き換えようとしました。このことを以下にみていきます。
 
医療が高度に発達した現代でも、まだ難病や不治の病は多く残っています。そこで、そういう病気を抱えた人や身内の人が、病気の原因解明や癒しを超自然的な力に求めるということが現代においても見られます。科学技術でもだめなら、それしか頼れないということなのでしょう。そういう時に、宗教が利用されたり、また宗教の方がそういう人の弱みを利用するということが起きてきます。宗教が利用されたり利用したりするというのは、信仰がまだ人間の自己中心的なものにとどまっていることによると考えます。
 
 ところで、イエス様の時代のユダヤ教社会では、人間の罪が病気の原因になると考えられていました。ヨハネ9章で、弟子たちがイエス様に、生まれつき目が見えない人を指さして、あれは本人が罪を犯したから見えないのか、それとも先祖が犯したからなのか、と尋ねたことからも窺えます。こうした考え方が問題なのは、それでは今健康な人は罪がないということになってしまい、健康な人が自分を創造した神との関係を真剣に考える機会を失わせてしまいます。それから、病気の人に罪の赦しを宣言しても、病気が治らなかったら、罪の赦しは本当ではなかったということになってしまいます。本日の箇所のイエス様は、まさにそのような状況に置かれたわけです。「お前の罪は赦される」と宣されました。しかし、男はまだ横たわっています。もし律法学者が騒ぎ立てなかったならば、周りの人々が騒ぎ立て始めたでしょう。これも、信仰が人間の自己中心的なものになっていると言うことが出来ます。
 
 信仰が人間の自己中心的なものになっているというのはどういうことかと言うと、人間の側からすれば、まず病からの癒しが最初に起きなければならない、それを目で見ないとまだ本当には信じない、ということが普通です。ところが、イエス様はまったく逆の順番を考えていました。まず罪が赦されるという信仰が先になければならない。健康であろうが病気であろうが、それが先に来なければならない。罪が赦されるという信仰を持ってはじめて、病気その他の外的条件の改善を神に願うという順番です。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」とイエス様が教えられた通りです(マタイ6章33節)。さて、それでは神はどんな解決を与えて下さるのか。願ったものと異なるものだったらどうなるのか。それに対しては、「罪を赦して下さった神が与えて下さる解決であれば、なんでも受け入れるに値するに違いない。自分にとって一番いいものを知っているのは自分ではなく神なのだから」という神を中心とした信仰を持って生きることです。こうなると、外的な条件が自分の希望する形で改善しなくても、人生は終わったとか無意味だとか、そんな思いには至りません。罪が赦されるという信仰が、自己中心的な信仰を、神を中心とする信仰にするのであります。
 
 なぜイエス様は、罪や神への不従順の赦しを第一に考えたのでしょうか?それは、罪や不従順が人間にとっての最大の病だからであります。最大の病というのは、これらからの癒しがない限り、人間は永遠の滅びに陥ってしまう呪われた状態にとどまります。永遠の滅びとは、死んだ後、神から永遠に見捨てられる状態に陥るということです。反対に、罪と不従順が赦されるという信仰を持って生きるというのは、死んだ後に、復活の命を与えられて、万物の創造の神のもとで永遠に生きるようになるということです。
 
人間は、罪と不従順という最大の病からの癒しを自分で実現することはできません。人間は神の意志を成就することが出来ないからであります。使徒パウロも教えるように、神の律法は人間がどれだけ神の意志から離れた存在であるかを明らかにするものです(「ローマの信徒への手紙7章」)。このため、人間の罪と不従順の呪いからの癒しは、それらが赦されるという形で起こることになったのです。天と地と人間を創造された神がそう決められました。そこで神は、ひとり子イエスをこの世に送り、人間が背負わなければならない罪と不従順の帰結を全部彼に負わせて、まさに彼を呪われた者にして(ガラテア3章13節、第二コリント5章21節)、十字架の上で死なせました。そして、イエス様を死から復活させることで、私たちのために永遠の命への扉を開いて下さいました。私たち人間は、こうしたこと全てが自分のためになされたとわかって、イエス様を救い主と信じて洗礼を受けることで、神が整えた赦しを受け取ることが出来、人類最大の病から癒されるのであります。
 
イエス様が全身麻痺の男に「お前の罪は赦される」と宣言したことは、お前は全身麻痺の状態であっても人類最大の病から癒されるということを意味したのであります。それは、人間の自己中心の信仰を神中心の信仰に置き換える出来事でした。確かに、イエス様なら必ず癒して下さると一途に信じるのも、信仰ですが、それは、もし癒しが起きなければ大きな壁にぶち当たってしまうものです。しかし、外的条件の改善が自分の願った通りに実現するかしないかに関係なく、罪と不従順が赦されるという信仰は、神を中心とする信仰です。イエス様は、ここで、彼の助けを求めて集まってくる人たちの信仰を、神を中心とする信仰に転換させようとしているのです。しかし、罪の赦しの宣言を受けた男はまだ横たわったままです。目に見えた効果がありません。イエス様の言葉には力がないのか、ただの口先だけの宣言だったのか、群衆は一瞬沈黙状態になります。その時、律法学者が割り込んできました。人間の自己中心的な信仰に続いて、イエス様の神の子としての地位を否定する不信仰が立ち現われます。これが第二の敵です。
  
 
4.      第二の敵 不信仰
  
 イスラエルの聖典に照らし合わせれば、病気からの癒しの奇跡もあるし、神の意志を宣べ伝える預言者もいるので、イエス様の奇跡の業や教え自体が反イスラエルということにはなりません。律法学者にすれば、評判の奇跡の業をこの目で確かめたいでしょうし、イエス様の教えがこれまでの律法理解とどう違うのか、違うとすれば何を根拠にそう主張するのか、職務上、しっかりみなければならなかったでしょう。ところが、罪の赦しを宣言して、自分を神と同じ地位に置いたというのは、もう行き過ぎ以外の何ものでもありません。イエス様の神の子としての地位を否定する彼らの不信仰に対して、イエス様の反撃が始まります。イエス様は、律法学者に向かって尋ねます。この横たわっている男に、「お前の罪は赦される」と言うのと、「起きて、床をかついで歩いてみよ」と言うのとでは、どちらが簡単か?これは、答えるのが困難な質問であります。「罪を赦す」というのは、人類最大の病を癒すということですから、立てない者を立てるようにする癒しとは比べられない大治療です。簡単にできる治療ではありません。その意味では、こっちの方が難しいのは明らかです。しかし、罪の赦しは全身麻痺が治るというのとは勝手が違って、目に見えた形では見えてきません。ただ口先で言って済んでしまうことも可能なわけです。誰も目で確認できないのですから。その意味では、罪の赦しを言うこと自体は、簡単なことであります。問題は、罪の赦しの言葉が実体を伴ったものか、それとも空虚な言葉にすぎないのかを判別できないことにあります。立てない者に、「立て」と言うのは、言葉が実体を伴ったものか、空虚なものかすぐ判別できます。もし立てなかったら、言葉は空虚だったとわかり、まやかしだと笑い者になります。それで、常識的には、こっちの方が言うのが難しいということになります。しかし、本当に解決すべき問題としては、罪の赦しの方がはるかに難しい問題です。こうして、焦点は、言葉が実体を伴っているか、空虚なものか、それをどう判別できるかということに絞られていきます。ところが、その決め手がないので答えようがありません。そこでイエス様は、親切にもその決め手を提供するのであります。自分の発する言葉はいつも必ず実体を伴っていることを示すために、全身麻痺の男の癒しはちょうど良い機会となりました。イエス様は、まず律法学者の方を向いて「お前たちが、人の子はこの世で罪を赦す権威を持っていることをわかるように」と言って、今度は横たわる男に向かって「起きて、床をかつぎ、家にとんで帰りなさい」と命じます。そしてその通りのことが起きたのであります。
 
 このようにして、イエス様は、御自分の発する言葉は、目には効果が見えない場合でもいつも必ず実体を伴っていることを示しました。つまり、罪の赦しを行う権威を持つことを目に見える形で示されたのです。これによって、イエス様の神の子の地位を否定する不信仰は一挙に根拠を失いました。また、罪と不従順の赦しが、人間の命と生きることに根本的なことであることも明らかなりました。それで、人間の自己中心的な信仰が神を中心とする信仰に取って代わられることが始まったのであります。
  
 
5.      おわりに
  
 以上、イエス様が本日の箇所の出来事において、人間の自己中心的な信仰と彼の神の子としての地位を否定する不信仰を一挙に打ち倒したことが明らかになりました。最後に、人間の自己中心的な信仰を、神を中心とする信仰に転換するということについてのルターの教えをひとつ引用して、本説教を終わりにしたく思います。実は、似たような教えを、昨年10月、本日吉教会での説教(「神の意志 vs. 人の意志」)でも披露しました。どちらも、ルターならではのとても苦味が効いている教えです。キリスト信仰を持つ人でも、強すぎると感じられるかもしれません。ましてや、キリスト信仰に無縁な人には残酷に聞こえる内容かもしれません。しかし、それでも信仰を持つ大方の人は、ああ、キリスト信仰とはそういうものなんだな、と心の奥底で認めるのでないかと思います。
  
「神は我々に何を望んでおられるのか?それは、神が我々に苦しみや困難が起こるのを許した際に、我々が右往左往したり慌てふためくことなく、むしろそのような時こそ一層神のもとに留まり神に繋がろうとすることである。その時、安易に苦しみや困難からの脱出を望んではならない。そんなことをしたら、神の意志が我々を通して実現するのを妨げてしまい、それは我々の利益ではないからだ。我々は、そのような神の意志に最後まで付き合うことができる強さを身に着けなければならない。なぜなら、人間は誰一人として強めてもらわない限り、怖れを抱かずに苦しみや困難に立ち向かうことはできないのだし、また神が定めの時を示した時に怖れを抱かずに死に立ち向かうこともできないからだ。一切の被造物は、この「強める」ことができない。むしろ、全ての被造物とりわけ人間というものは、そこから力づけを得ようとしても、逆に我々をますます無力にし一体感を失わせ軟弱にするだけである。それ故、罪の赦しを保証する神の御言葉以外に、我々を強めるものは存在しないのである。これこそが、我々が祈り求める「日ごとの糧」である。
マタイ福音書11章で主は、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」と言われる。このような、神の御言葉を糧にして、神の意志の中に踏みとどまり、神に強めてもらうという教えは、聖書に満ちている、満ちている、満ちている。」
  
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン
   
  


[1] 聖書学や新約釈義学を専門とされる方への釈明として、本説教者は、W. WredeのMessiasgeheimnis説を否定する立場に立つ者です。この辺の事情については、2010年に出版された博士論文 Did Jesus Cite Isa 6:9-10? Jesus’ Saying in Mark 4:11-12 and the Isaianic Idea of Hardening and Remnant (Åbo Akademi Univ’ press 2010) の258-261ページの中で論じた次第です。

2012年2月1日水曜日

時は満ち、神の国は近づいた (吉村博明)

説教者 吉村博明(フィンランドルーテル福音協会(SLEY)宣教師、神学博士)



主日礼拝説教 2012年1月22日 顕現節第三主日 
日本福音ルーテル横浜教会にて

エレミア書16:14-21、
コリントの信徒への第一の手紙7:29-31、
マルコによる福音書1:14-20

説教題 時は満ち、神の国は近づいた


私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。

わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

 
1.「良い知らせ」から「福音」へ

 洗礼者ヨハネから洗礼を受けて、神からの霊を注がれ、神の子であるとの認証を得たイエス様は、40日間荒野で悪魔から試練を受けながらもこれに打ち克ち、いよいよ本格的な活動に乗り出します。折しも、洗礼者ヨハネがガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスに捕らわれたとの報が入りました。イエス様は、大胆にもユダの地からガリラヤに乗り込み、人々に教え始めました。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と。
 
「福音」という言葉は、原語のギリシャ語でエヴァンゲリオンευαγγελιονと言います。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、この語はもともとは「良い知らせ」という意味です。「良い知らせ」と言うと、私たちは、志望校に合格したとか、就職できたとか、恋愛が実って結婚できたとか、赤ちゃんが無事生まれたとか、そういう知らせを思い浮かべるでしょう。しかし、こうした良い知らせは「福音」とは普通言いません。「福音」とは、良い知らせの中でも特別なものを指すからです。何を指すのでしょうか?「福音」とはイエス・キリストについての「良い知らせ」です。イエス様が教えられたこと、行ったこと、また彼に起こったこと全て、彼が後世に遺したこと全てについての知らせなのであります。「ローマの信徒への手紙」の冒頭で、使徒パウロは自分のことを「神の福音のために選び出された」と言いますが、この「神の福音」こそ、神のみ子イエス・キリストについての「良い知らせ」であります。「知らせ」の中心人物も「知らせ」そのものも天地創造の神に由来するという「良い知らせ」なのであります。
 
そういうわけで、使徒たちが活躍する時代には、イエス・キリストについての「良い知らせ」は「福音」になっていました。やがて、イエス様の言行録を書物にまとめようとする動きが始まり、最終的に4つの書物が使徒の伝え教えたことに沿っているとみなされて正典として聖書の一部となりました。4つの書物は、「マタイによる福音書」、「マルコによる福音書」、「ルカによる福音書」、「ヨハネによる福音書」と呼ばれていますが、このように「福音」は書物の題名をも意味するようになりました。ここで注意しなければならないのは、「福音」とはイエス様についての、彼が後世に遺したことについての「良い知らせ」ですので、新約聖書の中では4つの福音書以外にも「福音」は見出されます。使徒言行録も、使徒書簡も、黙示録も「福音」に満ちています。書物の題名につられて、「福音」は「福音書」の中だけと思わないように注意しましょう。
 
さて、イエス様がガリラヤの地で「悔い改めて、信じなさい」と人々に訴えられた時、その「信じる」ものは、私たちの日本語訳の聖書では「福音」となっていますが、イエス様は今活動開始したばかりで、十字架の死も死からの復活もまだ先の事です。これらのことが起こった後で、イエス様についての「良い知らせ」は「福音」になるのだから、この段階では「良い知らせ」と訳した方がいいのではないかと思います。(ちなみにフィンランドやスウェーデンのルター派国教会の聖書では、「良い知らせhyvä sanoma」、「知らせ/メッセージbudskapet」、英語NIVも「良い知らせ」good news。ドイツ語ルター訳(1545年)は意外にも「福音」das Evangeliumでした。)
 
それでは、イエス様が口にした「良い知らせ」とはどんな知らせだったのでしょうか?答えは、イザヤ書52章7節から53章12節にあります。まず、その箇所の初めの部分(52章7節)を見てみましょう。
 
「いかに美しいことか 山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足(רגלי מבשר)は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え(טוב מבשר ) 救いを告げ あなたの神は王となられた、とシオンに向かって呼ばわる。」
 
伝えるべき「良い知らせ」の内容ですが、この節だけをみると、「平和」、「救い」、それに「神が王になる」ことであります。「平和」ヘブライ語のシャロームשלוםは、とても意味が広く、「救い」を意味することもあります。それなので、ここで言う「良い知らせ」は、「救い」ということと、神を王に戴く神の国の到来ということの二点に絞って考えてよいと思います。それでは、この「救い」が何を意味し、神を王に戴く国とどう関係するかは、イザヤ書の続きの部分を見ていくと明らかになります。
 
まず、52章8-12節で、神が廃墟と化したエルサレムに戻り、イスラエルの民に捕囚の地バビロニアから帰還せよと呼びかけます。神は、不可能と思われていたイスラエルの民の解放と帰還を可能にし、自分の力を諸国民に示します。つまり、良い知らせに言う「救い」とは、イスラエルの民が神の力でバビロン捕囚から解放され、エルサレムに帰還し、神を王として戴く神の国が実現するということであります。
ところが、この次に来る52章13節から53章12節までの箇所は、有名な「主の僕」について述べつつ、「救い」の内容を少し違った形で展開していきます。それによると、主の僕は、目を背けたくなるほど惨めな姿をしているのだが、実は彼は私たちの痛みと病を背負ったのであり、私たちの罪と神への不従順がもたらす裁きをかわりに受けてくれた。それは、私たちが神との平和を得、彼の受けた傷によって癒されるためであった。53章11節で、神は自らこう述べられます。「私の義なる僕は、多くの者が義なる者になれるようにした。彼らの罪を自ら背負うことによって。」つまり、ここで「救い」とは、神を王として戴く神の国のなかでは、神の僕の身代わりの犠牲によって罪と不従順からくる裁きが赦される、ということを意味するのであります。
 
このイザヤ書52章7節から53章12節までの箇所で言われる「救い」は、イエス様誕生の500年以上前、バビロン捕囚がもうすぐ終わるという時代にあっては、イスラエルの民の捕囚からの解放とエルサレム帰還そのものを指すと考えられました。解放と帰還が実現すれば、それはただちに神が王として君臨する神の国の実現だったのです。その場合、身代わりの犠牲で人々を裁きから救う「主の僕」とは誰を指すかと考えられたかというと、それはバビロン捕囚で異国の地に連行されたユダヤ人の集団と考えられました。長い歴史の間にイスラエルの民が重ねた罪と不従順の罰としてバビロン捕囚が起きたのであり、捕囚の民が異国の地で辛酸を舐めるという罰を受けることで、イスラエルの全ての罪が赦され、また元に戻れるようになった、と考えられたのであります。
 
ところが、エルサレムに帰還した後も神の国は実現しませんでした。ということは「救い」も実現しませんでした。何が起きたかというと、確かにエルサレムの神殿と都市は再建された。しかし、バビロニア帝国支配が終わっても、イスラエルはペルシャ帝国、アレキサンダー帝国という大国支配の下に置かれ続け、ダビデ王の王国の復興などとは程遠いものでした。マカバイの反乱の時に独立を一時取り戻しますが、ほどなくしてローマ帝国の支配下に入ってしまいます。このように実態は、諸国民も恐れおののく神の国とは程遠い存在だったのです。さらに、イスラエル内部にも、神殿を拠点とするヤハヴェ神崇拝が果たして救いの実現なのかどうか疑問視する声も強く出てきました。このことは、マラキ書やイザヤ書の終わり56-65章に垣間見ることが出来ます。次第に、神の国とは実は今の世が滅び去って天と地が新たに創造される時に出現するものと明らかにする預言もでてきました。イザヤ書の終わりやダニエル書にそれらが窺えます。(旧約聖書続編にあるトビト書などは、再建された神殿には寿命があって、その後に永遠に続く真の神殿が再建されるとさえ言っています。)そのようなわけで、イザヤ書52章7節から53章12節までの預言を含め、バビロン捕囚後に実現すると考えられた多くの預言は、ことごとく未完だったことが明らかになりました。それでは、いつどうやってこれらの預言が実現することになるのか?まさにその時にイエス様が登場したのであります。イエス様が「信じなさい」と言われた「良い知らせ」とは、神がかつて約束した救いと神の国の到来についての知らせだったのです。それを「信じなさい」と言うのは、それらの実現が今始まった、神は約束を必ず守られる方なのだ、と告げることだったのです。神の御名は永遠にほめたたえられますように。
  
 
2.「時は満ち、神の国は近づいた」 - 預言成就の開始宣言 

 「時は満ちた」に言う「時」とは、ギリシャ語でカイロスκαιροςという言葉が使われています。これは、何か特別な事柄が起きる時、定められた時を意味し、単に時の流れを意味するクロノスχρονοςと区別されます。つまり、「時は満ちた」というのは、起きるべきことが起きる時がついに来た、機は熟した、ということであります。
 
「神の国は近づいた」をみてみましょう。マタイ3章2節によれば、洗礼者ヨハネも同じ言葉を使いました。ただし、イエス様とヨハネの言葉の間には決定的な違いがありました。イエス様が「神の国は近づいた」と言う時、彼は様々な奇跡を行い、難病や不治の病の癒し、悪霊退治、群衆の空腹を僅かな食糧で満たしたこと、自然の猛威を静めたこと等々を通して、神の国の実在性を示しました。ヨハネの場合、「神の国が近づいた」というのは、それがもうすぐイエス様と共に来る、ということですが、イエス様の場合は、自分と一緒にもう来ている、ということでした。
 
 続いてイエス様は「悔い改めて、良い知らせを信じなさい」と促します。「良い知らせ」とは、先ほど見た通り、救いと神の国の到来を実現するという神の約束を指します。つまり、救いの実現と神の国の到来についての神の約束を今こそ信じなさい、ということであります。この神の約束は、イエス様が全て実現されました。彼は、旧約聖書にある神の意志と預言の真理を人々に教え、間違って教える者を糾弾しました。奇跡の数々を行い、神の国の実在性を示しました。そして、十字架の死をもって、人間が負うべき罪と不従順の裁きと呪いを全部一身に引き受けて下さいました。さらに死から復活させられることで、永遠の命、復活の命への扉を開かれました。このようにイエス様において、神の約束が全て実現されたのであります。まさに、イエス様が「良い知らせ」を「福音」に大転換したのです。「時は満ち、神の国は近づいた」という言葉は、この大転換がいよいよ始まったという宣言だったのであります。
 
 ここで、ひとつ注意しなければならないことがあります。「良い知らせ」を信じる時、「悔い改める」という条件があるということです。イエス様は、「悔い改めて、良い知らせを信じなさい」と言われました。先週の主日の福音書の箇所は洗礼者ヨハネによるイエス様の受洗でした。私は説教で(横須賀教会)ヨハネの「悔い改めの洗礼」について教えました。人が自分の内部、心に岩盤のように横たわっている罪と神への不従順のあることを素直に認め、それからの救いを神からいただく「赦しの救い」として待ち望む、これが洗礼者ヨハネの言う「悔い改め」の意味だと申し上げた次第です。このような悔い改めがなければ、イエス様の十字架における身代わりの死の意味はみえてきません。信じるべき「良い知らせ」がどうして良いのかもわかりません。
  
 
3.「時は満ち、神の国は近づいた」 - 弟子たちの反応

 救いと神の国の到来についての神の約束が実現し始めたと宣されたイエス様は、弟子たちを召し出します。まず、ガリラヤ湖の4人の漁師たち、ペトロとアンドレ、続いてゼベダイの二人の息子ヤコブとヨハネが仕事を投げ出すようにしてイエス様につき従って行きます。こんなに簡単について行くのだから、きっと4人はイエス様に何かただならぬものがあると気づいたのでしょう。それにしてもこんなにあっさりと生業を放り出していくとは。ところがイエス様につき従った人が捨てたのは生業だけではありません。ヤコブとヨハネは、父親もそのまま残して立ち去ってしまいます。
 
 福音書には家族を捨てることについてのイエス様の教えがいくつかあります。イエス様のため、福音のため、神の国のために親兄弟を捨てたものは必ず報いを受けるとか(マタイ19章29節、マルコ10章29-30節、ルカ18章29-30節)、イエス様より両親を愛する者は弟子としてふさわしくないとか(マタイ10章37-38節、ルカ14章25-27節は「憎まないなら弟子でありえない」)。イエス様は十戒の第四の戒め「父母を敬え」に反することを教えているのでしょうか?
 
 この問題に対して、ルターがどう言っているのかを見てみましょう。「イエス様の教えは、両親を捨てたり見下したりする理由にはならない。神の戒めの通り、両親は敬わなければならない。しかし、両親または公権力ましてや教会自体が神への従順を禁じる事態が起きた時は、そのような両親、公権力、教会に対する従順は呪われたものになる。私たちに両親とかお金とか食べ物を与えて下さったのは神なのだから、与えられたこれらのものが私の救いと幸いを妨げようとするなら、神のためにはこれらのものは失われてしかるべきだ。ただし、そのような状況にない場合は、神を否定することなく両親や家庭や財産を持つことができるのだから、神からみても何の問題もない」とルターは教えます。
 
ところで、ゼベダイの二人の息子の場合は、父と息子が何か信仰上の対立があってそれが高じて父親放棄になったとか全くわかりません。二人の行動は何か神がかっているというか、あまりにも唐突すぎます。物語作家のようにいろいろ想像をめぐらして、息子たちの父親に対する思いをつくりあげて父親放棄の過程をドラマ化することもできましよう。しかし、ここではキリスト教会の説教者としての立場上、聖書に書かれてあることのみに基づいていこうと思います。書かれていないことに立ち入って、個人の憶測や想像を聖書に注入するようなことは慎まなければなりません。
 
さて、4つの福音書や使徒言行録を見渡してみえてくるのは、イエス様が弟子たちを招いた時というのは、今まさに神の人間救済計画がイエス様を通して実現されだした、実現まで時間的余裕がないという緊迫した状況だったということです。弟子たちは、言わば、有無を言わせないくらい切迫したムードの中で急きょ動員されたのです。
 
 有無を言わせないような切迫したムードだったというのは、イエス様の人生の中でエピソードに満ちた大人の期間は意外と短かったということに気づけばわかります。それに気づけるために、イエス様の大人時代を次の4つの段階に区分けしてみましょう。まず、ヨルダン川での洗礼者ヨハネからの受洗と荒野での悪魔から受けた試練を第一段階とします。次に、洗礼者ヨハネの投獄後にイエス様はガリラヤに戻って人々に教え始め、奇跡の業を次々となす。このガリラヤとその近辺での活動の時期を第二段階としましょう。そして、ガリラヤを出発して群衆の先頭にたってエルサレムに向かう。この時にも人々を教え、奇跡の業をなす。これを第三段階としましょう。最後に、エルサレム入城とユダヤ教社会の宗教指導層との激しい応酬、投獄、拷問、裁判、十字架そして復活。これを第四段階としましょう。
 
 このようにイエス様の大人時代は4つの段階にわけることができるのですが、イエス様の受洗から十字架・復活までの期間は、本当はとても短い時間です。短く見積もる研究者は、だいたい1年ぐらいだろうとみています。ヨハネ福音書には、イエス様がガリラヤとエルサレムを何度か行ったり来たりしていることが述べられており、これに基づけば、大体3年くらいとみなされています。イエス様の地上での全生涯は大体30年位というのが定説ですので、4つの福音書の記述の大部分を占める大人時代の出来事は、実に生涯の最後の期間、1年から長くても3年位の期間に集中しているということができます。
  
 イエス様がこの地上での生涯の最後の時期に行ったことは、神の人間救済計画を実現することでした。先ほども申しましたように、イエス様が「神の国は近づいた」と言う時、それは彼自身と一体となって既に来ている、という意味でした。神の国がイエス様と一体となって来たというのは、彼の行った数々の奇跡にあらわされています。マルコ福音書3章で、イエス様が悪霊を退治した時、反対者たちから「あいつは悪霊の仲間だからそんなことができるのさ」と中傷を受けます。それに対してイエス様は、「悪霊が悪霊を退治したら彼らの国は内紛でとっくに自滅しているではないか」と反論し、自分が神の国と一体になっているからこそ悪魔が逃げていくのだと証します。このように、イエス様の数々の奇跡の業は、神の国が彼と共に到来したことの印、神の国の実在性を示す印なのであります。
 
ところが、神の国がイエス様と共に到来したといっても、人間はまだ神の国と何の関係もありません。最初の人間アダムとエヴァ以来の神への不従順と罪を受け継いできた人間は、まだ神の国に入ることはできません。人間は神聖なものとあまりにも対極なところにいる存在だからです。罪と不従順の汚れが消えなければ神聖な神の国に入ることはできません。いくら、難病や不治の病を治してもらっても、悪霊を追い出してもらっても、空腹を満たしてもらっても、自然の猛威から助けられても、人間はまだ神の国の外側にとどまっています。それを最終的に解決したのが、イエス様の十字架の死と死からの復活でした。本来私たち人間が受けるべき不従順と罪の裁きを、主が全部引き受けて十字架で死なれ、ご自分の血を代償として、私たちを罪と不従順の奴隷状態から買い戻して下さった。さらに死から復活されたことで、死を超えた永遠の命、復活の命に至る扉も開いて下さった。これらのことが、まさにこの私のために行われたのだとわかって、イエス様を救い主と信じて洗礼を受ける時、私たちは、神がイエス様を用いて完成された救いを所有する者となります。そうして、私たちは神から義なるものと見なされる存在となり、神聖な神の国の立派な一員として迎えられることとなったわけであります。
 
さて、このようにしてイエス様は、私たちが神の国に入れるようにと、十字架と復活の業を成し遂げられました。神の御心に忠実に従って人間救済の計画を実現されました。この地上での生涯の最後の1-3年ほどの短い期間にこんなにも大きなことを成し遂げられたのです。「悔い改めよ。神の国が近づいた」という言葉で始めて、最終的に人間がその神の国に入られるようにする道を整えられたのです。この大事業の完遂にあたって、イエス様は弟子たちを集められました。彼らの使命はイエス様と共にいてその教えと業をつぶさに見聞きすること、さらにイエス様から受けた教えと授かった力をもって宣教することでした(マルコ3章13-15節)。弟子たちがイエス様と行動を共にしたことが、後に彼らの証言を生み出すことになり、そして彼らの命を賭けた証言を聞いて主を知らなかった人が信じるようになる、そういうことが連鎖反応的に起こって、その集大成として聖書の新約の部分ができあがったのであります。弟子たちの証言や聖書がなければ、誰も信仰をもてるはずがなく、従って主が門を開いた神の国にも入れません。こういうわけで、イエス様は神の人間救済計画そのものを実現しましたが、弟子たちは実現された救済が国と時代を超えて多くの人たちに及ぶようにする上で重要な役割を担ったのであります。
 
 イエス様が弟子を呼び出したというのは、そのような重要な役割を負わせるためだったことが明らかになりました。弟子への呼び出しは、まさに人類の歴史の大転換点である十字架と復活の出来事を目前にした時に行われたのでした。これが、弟子への呼び出しに有無を言わせない切迫したムードがあると言った意味です。徴税人マタイなど座っているところをイエス様に声かけられて有無も言わずに立ち上がって従って行きました(マタイ9章9節、マルコ2章14節、ルカ6章27-28節では徴税人レビ)。何か途方もない力が働いて、人間が次々に吸い取られていくような雰囲気があります。福音書は、このように自動反応のごとくイエス様の後に従い始めた弟子たちの親子関係とか彼らの内面的葛藤とか一切触れていません。きっと実際に自動反応のようなことが起きたのでしょう。それで、その雰囲気をそのまま伝えたいために、余計な説明を付け足すことがなされなかったのでしょう。イエス様自身、このような自動反応を期待していたことが、信心深い百人隊長の信仰がそのようなものであることを知って感心したことに伺えます(ルカ7章1-10節、マタイ8章5-13節)。しかし、呼び出されて自動反応が起きない場合は、イエス様はとても手厳しい。ある人が死んだ父親を葬りに行ってもいいかと聞くと、「死んだも同然の者たちに死者を葬らせればよい」と答えます(ルカ9章59-60節、マタイ8章21-22節)。最初の人間アダムによる堕罪以来、神が決めていた人間救済計画がまさに実現しようという時、人間が神の国に入れるようになるという時を直前に控え、救済実現の目撃者、証言者となってその福音を宣べ伝える者に召し出されたら、その通りにするしかないというのがイエス様と神の御意志であったと言うことができます。

 
4.「時は満ち、神の国は近づいた」 - 私たちはどうすべきか

それでは、私たちも同じようにしなければならないのでしょうか?もし神様の召し出しを受けたら、私たちも自動反応してゲームのコマのように駆り出されなければならないのでしょうか?それが私たちにとってのイエス様の後をつき従うことなのでしょうか?
 
ここで注意しなければならないのは、私たちに関して言えば、神の人間救済計画は既に実現しているということです。救済実現の直接の目撃者、証言者となってその福音を宣べ伝え聖書を作り出すという役割は既に使徒たちが果たしてくれました。私たちは洗礼を通してイエス様の弟子になりますが、それは実現された救済を受け取るという立場であり、受け取ったものを聖書に基づいてしっかり守りつつ、できるだけ多くの人がこの救済に与れるような働きをするという役割があります。それで、救済が実現する時に大きな役割をもたされた弟子たちと立場が少々異なっています。その意味で、弟子たちが受けたのと同じような自動反応をもたらすような召し出しは、もうないのではないかと思います。そうは言っても、両親とか家族とか財産とかを、信仰を理由に捨て去る必要はなくなったかというと、そうではありません。先にルターの教えを引用しましたように、それらが信仰を捨て去るように作用して絶対に止めないという時は、捨てなければならないということであります。そうでない限りは、両親や家族を世話し仕えることは神の掟であります。
  
 
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン