2019年1月21日月曜日

肉眼の目だけでなく信仰の目を持って生きよ ― 聖書をめぐる大冒険

説教者 吉村博明 (フィンランド・ルーテル福音協会宣教師、神学博士)

主日礼拝説教 2019年1月20日顕現節第三主日 スオミ教会

エレミア書1章4-8節、
コリントの信徒への第一の手紙12章1-11節
ルカによる福音書4章16-32節

説教題 「肉眼の目だけでなく信仰の目を持って生きよ
            ― 聖書をめぐる大冒険」


 私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。                                                                            アーメン

 私たちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

1.

 本日の福音書の個所はわかりそうでわかりにくいです。イエス様が育ち故郷のナザレに戻ってユダヤ教の会堂シナゴーグの礼拝で聖書朗読を担当する。読み終わった後で、書かれていることは今日実現した、と言う。会衆はイエス様の恵み深い言葉に驚きつつも、あれはヨセフの子ではないか、と言った途端、イエス様は何か会衆の気に障ることを言い始め、それで会衆は激怒し、イエス様を崖から突き落とそうとする。会衆の急変ぶりには驚かされます。一体イエス様は何をそんなに怒らせることを言ったのでしょうか?お前たちは私が別の町で行うことになる奇跡の業をここナザレでもしろと言うだろう、しかし、旧約聖書の預言者エリアとエリシャがユダヤ人でない者に奇跡の業を行って助けてあげたのに倣って、私はお前たちには奇跡の業を行わない、などと言います。かなり挑発的です。「預言者は自分の故郷では歓迎されないものだ」と自分で言って、自分でそうなるように仕向けているようです。イエス様はナザレの人たちになぜこんなに手厳しいのか?自分は神の子なのに「この人はヨセフの子だ」と言われてカチンときたのだろうか?

 いいえ、ここはそんな低次元な話では全くありません。ここは、私たちがこの世を生きる時に何を身につけなければいけないかということを教える個所です。それを身につけていないとどうなってしまうか、どうしたらそれを身につけられるのかを考えさせるところです。その身につけるものとは、結論を先に言うと、「信仰の目」です。私たちは肉眼の目を持っています。その目が働かないと生活に支障をきたします。信仰の目は、この世の荒波を乗り越えていくのに必要な目です。肉眼の目だけだと荒波はよく見えますが、それだけだと怖気づいてしまいます。これから、その信仰の目とはどんな目で、どうしたら身につけられるのかということを本日の福音書の個所をもとに見ていきたいと思います。本日の個所をもとにすると言っても、話は旧約聖書にまで広がるスケールの大きなものになります。聖書のいろんな謎が明らかになって、なんだか聖書をめぐる大冒険のような説教になるかもしれません。それでは始めてまいりましょう。

2.

 イエス様はヨルダン川にて洗礼者ヨハネから洗礼を受けて、神からの聖霊が降って特別な力が備えられました。特別な力とは、神の人間救済を実行する力でした。その後すぐユダの荒野で40日間悪魔から試練を受けますが、これを全て旧約聖書にある神の御言葉を盾としてはねのけました。この後、舞台はユダ地方からガリラヤ地方に移ります。イエス様はガリラヤ各地の会堂を回って、神の国が近づいたということ、それに人間の救いがまもなく実現するという福音を人々に伝えます。そして神の国が架空のものではなく実在するものであることを示すために多くの奇跡の業を行います。イエス様の評判はたちまちガリラヤ地方全域に広まりす。イエス様が幼少の時から長年育った故郷の町ナザレに入ったのはちょうどその時でした。イエス様はこれまでそうしてきたように町の会堂に入ります。安息日の礼拝で人々に教えるためです。

 ところで、当時の会堂シナゴーグの礼拝ですが、本日の出来事がよりよくわかるために少し背景説明をします。礼拝ではヘブライ語で書かれた旧約聖書を朗読した後で、それをアラム語で解き明かしすることが行われていました。なぜ二つの言語が出てくるかというと、ユダヤ民族はもともとはヘブライ語で書いたり話したりしていました。それで神の御言葉ももともとはヘブライ語で記されました。ところが紀元前6世紀に起きたバビロン捕囚で民族の主だった人たちは異国の地バビロンに連れ去られてしまいます。捕囚は50年近く続き、これは二、三世代に渡るので、彼らはその言語はだんだん異国の言語であるアラム語に同化していきます。日本でも明治時代からアイヌ民族の同化政策が行われると二、三世代後にはアイヌ語使用者がどんどん失われるという悲劇が起きました。

 さて、紀元前6世紀の終り頃にバビロン帝国を倒して中近東の覇者となったペルシャ帝国の計らいでユダヤ人は祖国帰還が認められます。彼らは廃墟となったエルサレムの町と神殿の復興事業にとりかかります。当時のユダヤ人の苦難と信仰の試練については、旧約聖書のエズラ記とネヘミア記に記されています。そのネヘミア記の8章を繙くと、指導者が民に向かってモーセの律法を朗読する場面があります。そこに、朗読者が「律法の書を翻訳し、意味を明らかにしながら読み上げた」とあります(8節)。つまり、ヘブライ語の聖書を朗読しアラム語に翻訳して解説したということです。ヘブライ語は一般の人にはもう遠い言語になってしまったのです。こうしてヘブライ語の旧約聖書を神聖かつ最高権威の書物として朗読して、続いて民が理解できるアラム語に訳して解説することが始まります。この形の礼拝がイエス様の時代にも続いていたのです。

ナザレの会堂の礼拝に戻りましょう。そこの会堂長は、その日の聖書の朗読と解き明しを誰にお願いするかということで、これを今やガリラヤ全土に名声を博している御当地出身のイエス様に依頼しました。会堂は会衆で一杯だったでしょう。イエス様に神の御言葉が記された巻物が手渡されました。巻物というのは私たちが手にするような、紙を束ねて綴じる方式で作った本ではありません。動物の皮をつなぎ合わせてそこに文字を記して巻物にした形の書物です。皆様も耳にしたことがある死海文書というのもこの形式の書物です。

イエス様は立ってヘブライ語で朗読しました。神に油注がれた者、つまりメシアが神の霊を受けて、何かに囚われた状態にある人に解放を告げ知らせる。心を打ち砕かれた人に心の癒しを与え、目の見えない人に見えるようになるという喜びの知らせを伝える。神の恵みの年、恵みの時が到来したことを告げ知らせる。そういう内容の個所でした。

これは、旧約聖書を知っている人ならイザヤ書のあそこだとわかる個所です。私たちが手にする聖書では61章の初めの部分です。ところが、よく見るとルカ福音書に記されている引用はイザヤ書の当該箇所と少し違っています。引用は正確ではありません。ヘブライ語のテキストには「目の見えない人が見えるようになる」というのはありません。別にヘブライ語がわからなくても、日本語訳のイザヤ書の61章を見れば誰でもわかります。「目の見えない人が見えるようになる」というのは、実はイザヤ書の427節にあります。とすると、イエス様はこの別の個所を朗読の時に何気なく挿入したのでしょうか?

話をさらに複雑にするのは、イザヤ書のギリシャ語訳を見ると、61章にこの「目の見えない人が見えるようになる」というのが入っているのです(1節)。なぜイザヤ書のギリシャ語訳が出てくるかと言うと、もともとヘブライ語で書かれた旧約聖書はイエス様の時代の2300年位前にギリシャ語に訳されました。先ほど触れたペルシャ帝国がギリシャ系のアレクサンダー帝国に滅ぼされて、地中海世界の東半分はギリシャ語が公用語になっていきました。ギリシャ語を話すユダヤ人のためにギリシャ語の旧約聖書が必要になったのです。

それでは、ヘブライ語のテキストを読んだイエス様がまるでギリシャ語訳に倣って「見えない人の目が見える」ことを言ったのは何なのでしょうか?本日この個所をもとに説教する人は自分で原文を調べてか、または参考書に教えられて気づくでしょう。人によっては、ルカ福音書を書いた「ルカ」はギリシャ語で書いているわけだから、イザヤ書もギリシャ語訳の方を念頭に置いた、それでイエス様が朗読したヘブライ語の文章は脇にやられてギリシャ語訳にある「目の見えない人が見えるようになる」を入れてしまった、そういうふうに考えるかもしれません。そうなるとルカはイエス様が言っていないことを言ったことにしてしまったことになります。人によってはもっと突っ走って、この個所自体ルカの創作と言うかもしれません。そういう人たちは礼拝なんかやめて大学の神学部の教授をやればよいと思う者ですが、ここは礼拝という霊的な営みの中で聖書を解き明かす場ですので、そんなに簡単にあきらめずに踏み留まって考えてみることにします。

ルカは福音書の冒頭で何と言っていましたか?この書物は信頼できる目撃者の証言を集めてそれを纏めたものだ、と言っています。とすると、ナザレの会堂の出来事も、目撃者、おそらく弟子たちでしょう、が伝えたことが土台にあります。そこで考えられることは、イエス様はイザヤ書61章の朗読の際に427節を何気なく挿入したか、または、次のようにも考えられます。朗読の後の解き明かしの時にこの「目の見えない人が見えるようになる」ということを述べていたが、目撃者が朗読と解き明かしを混ぜ合わせたようなものがルカに伝わった。ルカの記述を見るとイエス様の朗読部分はあるが解き明かし部分がない形になっていることがそれを示しています。

何気なく挿入したにしても、解き明かしで言ったにしても、これが本当と言えるためには、イエス様には「目の見えない人が見えるようになる」ということにこだわりがあったと言えなければなりません。実を言うと、イエス様にはそれがありました。皆さんも、イエス様が目の見えない人の目が見えるようにする奇跡を何度も行ったことは覚えていらっしゃるでしょう。イエス様にとって目を見えるようにするというのは活動の中で大事なことでした。このことを預言者イザヤの時代から旧約聖書とユダヤ民族の歴史を貫くようにしてある一つの問題に照らしてみると、その意味が明らかになってきます。

イザヤ書6章を見ると、神の意志に反して罪を犯し続けるイスラエルの民が神からの罰として心が頑なにされて目も見えないようにされる、そういう罰が言い渡されます。これは肉眼の目を塞ぐということではなく、霊的な目、信仰の目が塞がれてしまうということです。神の意志がますます見えなくなって滅びの道をまっしぐらに進んでしまうという罰です。国が滅んでしまった後に目が開かれて神の意志がわかる、そういう「残りの者」が現れるという預言も一緒です。さて、イスラエルの民は果たして信仰の目が開かれるようになったでしょうか?イザヤの時代にアッシリア帝国の大軍の攻撃から奇跡的に救われたエルサレムがその「残りの者」だったか?否でした。ユダの王国はその後も滅びの道を進んでしまい、ついにはバビロン捕囚に至ってしまいます。それでは、バビロン捕囚から解放されて祖国帰還できた者たちが「残りの者」になったか?これも否でした。イザヤ書6317節を見ると、祖国帰還後も神が依然として民の心を頑なにしていることを嘆くところがあります。そういうわけで、イエス様の時代にもイスラエルの民はまだ目が開かれていない状態にあると理解していた人たちがいたのです。

この背景がわかると、イエス様が信仰の目を開くことを重視したことがよくわかります。肉眼の目を見えるようにしたのは、そういう具体的なことを通して抽象的なことを理解できない人たちをわからせる手っ取り早い方法でした。私は復活の日に死者を目覚めさせることが出来る、といくら口で言ってもわかってもらえないから、死んだヤイロの娘もラザロのことも「眠っているだけだ」と言って生き返らせたのも同じことです。また、私は罪を赦す権限があると言っても、そんなの口先だけだと騒ぎ立てるので、それならこれでどうだ、と全身麻痺の人を歩けるようにしたのも同じです。このように具体的な見える業を通してイエス様は信仰の目を開ける力があることを示しました。そして人間の信仰の目が大々的に開かれるような出来事を後で起こしました。言うまでもなく十字架と復活の出来事です。

そのように信仰の目を開くためにこの世に送られたイエス様ですから、ナザレの会堂の礼拝で「見えない人の目が見えるようになる」ということをイザヤ書61章に結びつけて述べたとしても全然おかしくないわけです。それにイザヤ書のギリシャ語訳がまさに示すように、イザヤ書61章と「目が見えるようになる」を結びつけて考えることはユダヤ人の間でも既に見られていたのです。

3.

朗読の後、イエス様は巻物を係の者に返して席につきます。席というのは説教者の座る所です。会堂の人たちの視線が一気にイエス様に注がれます。とても緊迫感のある場面です。イエス様が口を開きました。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した(21節)。」この言葉の後にイエス様の解き明かしが続かなければならないのですが、それについてはルカ福音書では記されていません。22節をみると、会衆みんなが、イエス様の「口からでる数々の恵み深い言葉(複数形)に驚いた」とあるので、イエス様が「聖書の言葉が実現した」と言った後で解き明しを続けたのは間違いないでしょう。どんな内容の話だったでしょうか?それは間違いなく、神の国が近づいたこと、人間の救いがまもなく実現することを伝えるものだったでしょう。あわせて、各自に悔い改めと、神のもとに立ち返る生き方をしなさいと促すこともあったでしょう。いずれにしても、イザヤ書の御言葉が実現したとイエス様が解き明かしの冒頭で宣言した時、この油注がれたメシア、神の霊を受けて捕らわれ人に解放や目の見えない人に開眼を告げ知らせるのはこの自分である、と証したのです。

 ここで状況が一変します。新共同訳の22節をみると、「皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて言った。『この人はヨセフの子ではないか』」とあります。これでは、この後でイエス様が厳しいことを言って会衆が怒り狂うという急転回がどうして起きたのか、少しわかりにくいと思います。ギリシャ語原文を忠実にみていくと次のような状況が浮かび上がります。イエス様の解き明しを聞いた会衆は、あの男は何者だと彼の正体を論じ合う状況になった。(注 μαρτυρεω「証する」という動詞は、与格の目的語を伴うと肯定的にも否定的にもその者について証する意味があります)会衆は、イエス様の口から出た恵み深い言葉に驚いている。しかしその同じ会衆が、「あれはヨセフの子の大工ではないか」とも言っている。つまり、神の恵みの言葉を価値あるものとわかって、イエス様が誰の子とか全く関係ない雰囲気が生まれた。しかし、同時に「あれはヨセフの子」ということに目が行ってしまい、せっかく価値があると思った教えが色あせてしまう。この人は神の人間救済を実現する方だということがわかる一歩手前まで来ていたのに、これは誰々の息子だ、この町のみんなはそれを知っている、ということで遮ってしまったのです。神の御言葉を語るイエス様は肉眼に映る像をはるかに超えた存在に映りそうになったのに、やはり肉眼に映る像しか見れなくなってしまったのです。もう少しで肉眼の目ではない信仰の目が持てるところまでいっていたのに、肉眼の目に戻ってしまった。そして、その目に映る像が真実だと思うようになってしまったのです。

信仰の目に映るイエス様とは、まさに天と地と人間を造られた神がこれだと言って提示するイエス像です。それは、人間が限りある知識を駆使して、ああだ、こうだと言って造り上げたイエス像ではなく、聖書の御言葉を繙くことで神から知る力を与えられて、それで知ることのできるイエス像です。イエス様がそのように見えるというのは、やはり十字架と復活の出来事が起きる前は難しかったのです。

イエス様は、会衆が信仰の目を持てずに肉眼の目に留まってしまったことに気づきました。こうなってしまったら、ナザレの人たちは奇跡でも行わない限り信じないということもわかりました。イエス様は、彼らが自分に向かって「医者よ、自分を治してみろ」と言いたくて仕方がないと見破ります。「医者よ、自分を治してみろ」というのは、そうしたらお前が良い医者であると信じてやろう、ということです。さらに、カファルナウムで行ったのと同じ奇跡を故郷の町でもやってみろ、そうしたら信じてやろう、そう言いたくて仕方がないと見破ります。

しかしながら、イエス様は、ナザレの人たちに奇跡を行うことはしませんでした(マルコ65節、マタイ1358節も参照)。そのかわりに、旧約聖書の御言葉を引き合いに出して、それを鏡のように用いて、彼らがどういう人間であるかを示しました。旧約聖書の記述とは、一つは列王記上17章にある預言者エリアが大飢饉の時にシドンのやもめを餓死から救ったという出来事です。もう一つは列王記下5章にある預言者エリシャがアラムの王の軍司令官ナアマンのらい病を完治した出来事です。やもめもナアマンもイスラエルの民に属さない異教徒の民でした。預言者エリアとエリシャの時代、ユダヤ民族の北王国は神の意志に背く生き方をしていました。神は預言者を自分の民のもとには送らず、異教徒に送って彼らを助けたのでした。イエス様は、ナザレに奇跡を行う預言者が送られないのはこれと全く同じであると言うのです。つまり、ナザレの人たちは、かつて不信仰に陥った北王国と同じ立場にある、というのです。

これを聞いた会衆は激怒します。怒り狂ったと言ってもいいでしょう。イエス様をシナゴーグから追い出し、そのまま山の上まで追いやってそこの崖から突き落とそうとします。しかし、不思議なことにイエス様は群衆をすり抜けて行き難を逃れます。普通なら群衆の押し出す力で人ひとり崖から突き落とすのはたやすいことだったでしょう。どうやって群衆の力をかわせたのか、詳細は何も記されていません。これも奇跡の業だったと考えられます。イエス様は、十字架と復活の出来事のためにこの世に送られた以上、それが実現するまではどんなに絶体絶命の危険に陥っても、ゴルゴタの十字架の日までは神はイエス様が傷つくようなことは一切お許しにならなかったのです。

4.

ところで、なぜイエス様はナザレの人たちが自分に対して攻撃的になるようなことを言ったのでしょうか?どうして、肉眼の目に留まってしまった人たちを信仰の目が持てるように導かなかったのでしょうか?先ほども触れましたように、ナザレの人たちがイエス様をメシア救い主と信じるようになるためには、もはや奇跡を見せないと効き目がない、とイエス様はわかっていました。もちろん、奇跡を目撃したり体験したりすることを出発点として信仰に入ることも可能です(ヨハネ1411節)。しかし、その場合、ただ超自然的な力を目で見たから信じるようになった、というだけで終わってしまう危険があります。

本当の信仰とは、たとえ肉眼で見なくとも、神が人間救済の意思と計画を持って、それをひとり子イエス様を用いて実現したことを真理と信じられることです。奇跡を目撃したり体験したりして信仰に入るというのは、結局のところ、肉眼に頼る信仰で、必ずしも信仰の目を持ってする信仰にはならないのです。奇跡の目撃や体験がなくなると信仰もなくなってしまいます。イエス様がナザレの人たちに対して肉眼に頼る信仰を許さなかったというのは、信仰の目をもってする信仰に導こうとしているのです。

それでは、なぜナザレの人たちは、肉眼に頼る信仰の道を絶たれた時、信仰の目をもってする信仰の道を目指すことをしなかったのでしょうか?大きな原因は、彼らが自分たちには神の意志に反することがあるなどと認められなかった、ないしは認めたくなかったからです。イエス様は、彼らも罪という点ではエリヤとエリシャの時代の北王国と何ら変わりないと指摘しました。しかし、ナザレの人たちは立ち止まって自分たちの生き方を謙虚に神の意思に照らし合わせて自省することをしませんでした。全く正反対に、自分たちは、かつて神の罰として滅亡した王国と同列視されるような罪は何も犯していない、といきり立ってしまったのです。

以上から明らかなように、信仰の目が持てて、その目でイエス様を見ることができるためには、自分が神への不従順と神の意思に反する罪を持っていることを認めることができるかどうかにかかっています。人によっては、具体的にどんな罪を犯したか心当たりがないという人もいるかもしれません。しかし、神の意志とは、行為や言葉に現れる悪のみならず、心の中に宿る悪まで厳しく問うものです。人間は最初の人間アダムとエヴァが神に対して不従順に陥り罪を持つようになったために死ぬ存在となってしまいました。人間が死ぬということ自体が人間は罪を宿していることの表われなのです。

しかし、父なるみ神は、人間がこの世の人生を終えた後、造り主である自分の許に永遠に戻れるようにしてあげよう、この世の人生では永遠に至る道を守られて歩むことが出来るようにしてあげよう、それでひとり子イエス様をこの世に送ったのです。それで、人間の罪がもたらす神罰を全てイエス様に身代わりに受けさせたのです。人間が受けないで済むようにと。これがゴルゴタの十字架でした。人間は、イエス様のこの身代わりの罰受けが実は自分のためになされたとわかって、イエス様こそ救い主と信じて洗礼を受ければ、その瞬間、イエス様の身代わりの罰受けは本当にその人に起きたことになるのです。この時、その人は信仰の目を持っています。

 人は信仰の目を持つと、自分の内に罪が宿っているのが見えます。その時悪魔はどす黒い歓声をどよめかせます。しかし、信仰の目はそれには意を介さず、内に宿る罪を透かすようにしてゴルゴタの丘の十字架に目を注ぎます。十字架にかけられた主の痛々しい肩に自分の罪が重々しく張り付いているのを見て取ります。その時悪魔は失神して倒れ、周囲は深い静寂に包まれます。一切のものから清められた空気は真冬の青空のように冷ややかでもあります。そこに天上から次の言葉が穏やかにとどろきます。「安心して行きなさい。あなたの罪は赦されたのだ。」清められた静寂に温もりが生じます。冷ややかだった冬空に春の陽光が優しく差し始めるように。その温もりが、神を全身全霊で愛そうとする心と、隣人を自分を愛するが如く愛そうとする心に躍動を与えるのです。

 兄弟姉妹の皆さん、これが福音です。これがキリスト信仰です。

5.

こうしてイエス様を救い主と信じるようになって信仰の目を持てるようになった私たちですが、そうは言っても、肉を纏って生きる以上、肉眼の目に頼ってしまう危険はいつもあります。どうして私たちは、そのような中途半端な状態に置かれなければならないのでしょうか?どうして、一度与えられた信仰の目が全てにならないのでしょうか?ルターは、信仰とは育たなければならないものだと教えています。そうすると、今の中途半端な状態というのは、まさに信仰を成長させるためにあるものだということがわかります。このことについて、ルターの教えをひとつ引用して本説教の締めとしたく思います。この教えは、第二コリント57節の聖句「目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです」の解き明しです。

 「福音の光に照らし出された人というのは、聖書の御言葉を噛みしめながらキリストとしっかり結ばれていく人である。たとえ自分にまだ罪が残っている、自分はまだ罪の中にいると思っていても、その人は日に日に罪と地獄の外へと運び出されていくのである。
しかし、そこには戦いがあることを忘れてはならない。肉眼で見えることや感じることが聖霊や信仰に戦いを挑んでくる。同じように聖霊と信仰も見えること感じることに戦いを挑む。信仰というものはその性質上、理性が把握しようとすることには介入しない。理性がしたいようにほおっておくと言ってもいいだろう。信仰はただ、肉眼の目を閉じさせて、生きる時も死ぬ時も神の御言葉だけに依り頼むようにさせる。翻って、見えること感じることは、理性や五感で把握できる以上に進むことができない。このように、見えること感じることは信仰に対峙するものであり、信仰は見えること感じることに対峙するのである。この戦いで、信仰が成長すればするほど、見えること感じることは廃れていくのであり、逆もまたしかりである。
罪、驕り高ぶる心、憎む心、独り占めしようとする心、その他のあらゆる神の意志に反するものが、キリスト信仰者である我々の内にまだぶら下がっているのは、それらが逆に我々を鍛えさせてくれるからなのである。御言葉に依り頼みながらそれらに戦いを挑んで鍛えられていくと、我々の信仰は一日一日と前進する。そして最後には、頭のてっぺんから足のつま先まで完全なキリスト信仰者になれて、完全にキリストに覆われて、天の御国の真の労いの祝宴の席につけるのである。我々は信仰の戦いを考える時、海の荒波を思い浮かべるが良い。波は次から次へと岩壁に押し寄せ、それはあたかも力ずくで岩壁を砕こうとしているかのようである。しかし、砕かれるのは波自身であり、砕かれては消え去ることを繰り返すだけである。罪の攻撃もこれと同じである。罪は、我々を打ち砕いて絶望に追い込もうと、それこそ覆いかぶさるように襲いかかってくる。しかし、力が足りず退散しなければならないのは罪の方である。なぜなら、罪はこの世の終わりの日に音もなく消え去るように既に定められているからだ。」

 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように         アーメン

2019年1月7日月曜日

森羅万象の上に立つ神と私たち (吉村博明)

説教者 吉村博明 (フィンランド・ルーテル福音協会宣教師、神学博士)

主日礼拝説教 2019年1月6日(顕現主日)スオミ教会

イザヤ書60章1-6節
エフェソの信徒への手紙3章1-12節
マタイによる福音書2章1-12節

説教題「森羅万象の上に立つ神と私たち」


 私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

 わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

1.      キリスト教は損をしている

本日の福音書の箇所は、何かおとぎ話めいて本当にこんなことが現実に起こったのか疑わせるような話です。はるばる外国から学者のグループがやってきて誕生したばかりの異国の王子様をおがみに来るとか、王子様の星をみたことが学者たちの異国訪問の理由であるとか、その星が学者たちを先導して王子様のいる所まで道案内するとか。こんなことは現実に起こるわけがない、これは大昔のおとぎ話だと決めつける人もでてくると思います。以前この個所をもとに説教した時、そこに記された出来事は歴史的信ぴょう性が高いということを説明しました。歴史を100パーセント復元することは不可能であるが、この個所は80パーセント位は復元できて、もう歴史的事実と言ってもいいのではないかということをお話ししました。それを言った後で今度は、信仰というのは実は歴史を100パーセント復元できて信ぴょう性に問題なしと言って持てるものではない、ということもお話ししました。じゃ、どうやって信仰を持てるかと言うと、2000年前の彼の地で起きた出来事は現代を生きる自分に向けられて起こされたのだとわかった時に持てるのだと述べた次第です。

その後で思ったのですが、ひょっとしたらキリスト教ほど損をしている宗教はないのではないか?というのは、世界中のいろんな宗教の中で歴史的信ぴょう性とか歴史の復元とかうるさく言うのは他にはないのではないか。みんな、教祖が言ったとされること行ったとされることを全て書かれてあるとおりに、(書かれたものがなければ)言い伝えられたとおりに、教祖は本当にそう言った行った、と歴史の検証などしないでそのまま受け入れているのではないか?それならば、キリスト教も他と同じように検証など復元などとうるさいことを言わないで、聖書に書いてあることをそのままこれが歴史的事実だと言って、頭ごなしに受け入れればいいのではないか?

それがそう簡単に行かない事情がキリスト教にはあります。というのは、先ほど申しました、「信仰というのは2000年前に起きた出来事が現代を生きる自分に向けられて起こされたと分かった時に持てる」ということが絡んでくるからです。聖書に記されている出来事が本当は起きていなかったら、この「自分に向けられて起こされた」ということもなくなってしまいます。信仰のために出来事は歴史的に起こったことでなければならないのです。

近代以前ですと、このことは大きな問題ではありませんでした。というのも、大方は聖書に記された出来事は歴史そのものと考えられていたからです。ところが、19世紀のドイツで歴史学の手法が聖書学に適用されるようになると様相は一変します。どんな手法かというと、歴史を復元する際に書かれてあるものを鵜呑みにしない、批判的に見るという手法です。以後これが聖書学の主流になりました。例えば、「何々福音書に書かれているこのイエス様の教えは実はイエス様自身が言ったのではなく、初期のキリスト教徒たちが自分たちの考えをイエス様が言ったことにして福音書に記載した」というような研究結果が山のように出てきました。

さて、このような学術研究を前にして現代のキリスト教徒はどうすればよいのでしょうか?ある人たちは、なんだ聖書なんて神の言葉なんて言いながら実は人造的な書物だったんだと見切りをつけて、もう奇跡など信じない、ただ聖書はさすがに聖書だけあって現代にも通じる斬新な思想や感動的な話で満ちている、それらを自分の行動原理にして世界や自分を良くしよう、そういうふうに考える人たちがいます。そうなると聖書は自己啓発ないし一種のイデオロギーの書になります。これと対極的に、学術的な研究を「悪魔の学問」と言って、それに背を向け、聖書に書かれた出来事が一字一句歴史的事実だと言って譲らない人たちもいます。

私自身はどうかと言えば、国立大学の神学部で神学を学んだので、そこでの聖書学はまさに学術的な歴史研究でした。ただ、学術的な手続きをちゃんと踏まえていれば、聖書に書いてある通りの結論になっても問題なしというところでした。当たり前のようですが、大学によっては、聖書に書いてあるのと違う結論になった方が学術的と見なすようなところもあるのです。それで、私が所属した研究グループは、たとえ世界の研究者の大半が「このイエスの言葉はイエスが言ったのではない、後の創作だ」という学説を支持しても、「否、第二神殿期の歴史的文脈に照らしてイエスが言ったとしてもなんら問題ない」と反論する学派でした。

その意味で私が属した学派は、聖書に対して保守的な態度を取るところでした。ただし、学術的研究の世界ですので、反保守の学派に反対論を打ち立てても、また反論に晒されるのは承知の上です。それに対してまた反論していきます。まさにイタチごっこの世界です。そこで私が気づいたことは、信仰というのは学術的研究の結論に基づかせるのは危ないということでした。現在学会で多数派に支持されている結論でも時がたてば覆されるかもしれません。そんなものに基づいて、これこそがイエス・キリストの実像だなどと思って信じていたら後で取り返しのつかないことになります。じゃ、何に信仰を基づかせたらいいのか?それはもう、使徒たちが後世に遺した証言と信仰しかないと思います。使徒たちが迫害をものともせずに伝えたこと、イエス様はこう教えられた、こういう業を成し遂げられた、十字架にかけられて三日目に蘇られたということ、これらは学術的研究の結論は変転を遂げても変わらないものとしてあります。

学術的研究というのは、森羅万象の中で理性で解明できることを理性で解明するというものです。これに対して信仰は、森羅万象の中には理性で解明できないものがあると見越していることに関係しています。そういう信仰を持つ人は学術的研究に不向きかと言うとそうではないと思います。森羅万象の中に理性で解明できないものがあると観念しつつも、理性で解明できることは何かを明確にしてそれを解明しようとすることは出来るからです。ただし、解明できて暗闇に大きな光を投じたと思っても、実はそれはもっと大きな闇の中の小さな光に過ぎなかったことに気づかされるかもしれません。森羅万象というのはそういうものだと思います。

聖書の観点では森羅万象はどういうものかと言うと、それは全ての造り主である神の意志に従うものです。森羅万象は創造主を超えらず、森羅万象の上に立つ創造主の意志に服するというものです。この観点は、私たちが大いなる暗闇に直面した時に途方にくれないために大切なものです。本日の説教では、森羅万象の上に立つ創造主の神は、私たち人間が大いなる暗闇を前にしても途方にくれないようにしてくれる方であることを証しすることを目指します。

2.マタイ2112節の歴史的信ぴょう性について

その前に、本日の福音書の個所の歴史的信ぴょう性について先ほど80パーセント位復元出来るのではないかと申しました。そのことについて述べておきます。これは以前の説教でも述べたことです。その時にもお断りしましたが、不思議な星の動きについてはいろいろな説があります。以下に申し上げることは、私がフィンランドで読んだり聞いたりしたことに基づくバージョンであるということをお含みおき下さい。

近代の天文学者として有名なケプラーは1600年代に太陽系の惑星の動きを解明しますが、彼は紀元前7年に地球から見て木星と土星が魚座のなかで異常接近したことを突き止めました。他方で、現在のイラクを流れるチグリス・ユーフラテス川沿いのシッパリという古代の天文学の中心地から当時の天体図やカレンダーが発掘され、その中に紀元前7年の星の動きを予想したカレンダーもありました。それによると、その年は木星と土星が重なるような異常接近する日が何回もあると記されていました。二つの惑星が異常接近するということは、普通よりも輝きを増す星が夜空に一つ増えて見えるということです。

そこで、イエス様の正確な誕生年についてですが、本日の福音書の箇所に続くマタイ21323節によれば、イエス親子はヘロデ王が死んだ後に避難先のエジプトからイスラエルの地に戻ったとあります。ヘロデ王が死んだ年は歴史学では紀元前4年と確定されていて、イエス親子が一定期間エジプトにいたことを考慮に入れると、木星・土星の異常接近のあった紀元前7年はイエス誕生年としてひとつ有力候補になります。ここで決め手となるのは、ローマ皇帝アウグストゥスによる租税のための住民登録がいつ行われたかということです。残念ながら、これは記録がありません。ただし、シリア州総督のキリニウスが西暦6年に住民登録を実施した記録が残っており、ローマ帝国は大体14年おきに住民登録を行っていたので、西暦6年から逆算すると紀元前7年位がマリアとヨセフがベツレヘムに旅した住民登録の年として浮上してきます。このように、天体の自然現象と歴史上の出来事の双方から本日の福音書の記述の信ぴょう性が高まってきます。

次に、東方から来た謎の学者グループについて見てみましょう。彼らがどこの国から来たかは記されていませんが、前に述べたように、現在のイラクのチグリス・ユーフラテス川の地域は古代に天文学が非常に発達したところで、星の動きが緻密に観測されて、それが定期的にどんな動きをするかもかなり解明されていました。ところで、古代の天文学は現代のそれと違って、占星術も一緒でした。つまり、星の動きは国や社会の運命をあらわしていると信じられ、それを正確に知ることは重要でした。従って、もし星が通常と異なる動きを示したら、それは国や社会の大変動の前触れであると考えられたのです。それでは、木星と土星が魚座のなかで重なるような接近をしたら、どんな大変動の前触れと考えられたでしょうか?木星は世界に君臨する王を意味すると考えられていました。土星についてですが、東方の学者たちがユダヤ民族のことを知っていれば、土曜日はユダヤ民族が安息日として神を崇拝した日と連想できるので、この星はユダヤ民族に関係すると理解されたでしょう。魚座は世界の終末に関係すると考えられていました。以上から、木星と土星の魚座のなかでの異常接近を目にして、ユダヤ民族から世界に君臨する王が世界の終末に結びつくように誕生した、という解釈が生まれてもおかしくないわけです。

 それでは、東方の学者たちはユダヤ民族のことをどれだけ知っていたかということについてみてみます。イエス様の時代の約600年前のバビロン捕囚の時、相当数のユダヤ人がチグリス・ユーフラテス川の地域に連れ去られていきました。彼らは異教の地で異教の神崇拝の圧力にさらされながらも、天地創造の神への信仰を失わず、イスラエルの伝統を守り続けました。この辺の事情は旧約聖書のダニエル書からうかがえます。バビロン捕囚が終わってイスラエル帰還が認められても、全てのユダヤ人が帰還したわけではなく、東方の地に残ったユダヤ人も多くいたことは、旧約聖書のエステル記からも明らかです。そういうわけで、東方の地ではユダヤ人やユダヤ人の信仰についてはかなり知られていたのではないかと思われます。「あそこの家は安息日を守っているが、かつてのダビデ王を超える王メシアがでて自分の民族を栄光のうちに立て直すと信じ待望しているぞ」という具合に。そのような時、世界の運命を星の動きで予見できると信じた人たちが二つの惑星の異常接近を目撃した時の驚きはいかようだったでしょう。

学者のグループがベツレヘムでなく、エルサレムに行ったということも興味深い点です。ユダヤ人の信仰をある程度知ってはいても、旧約聖書そのものを研究することはしなかったでしょうから、旧約聖書ミカ書にあるベツレヘムのメシア預言など知らなかったでしょう。星の動きをみてユダヤ民族に王が誕生したと考えたから、単純にユダヤ民族の首都エルサレムに行ったのです。それから、ヘロデ王と王の取り巻き連中の反応ぶり。彼は血筋的にはユダヤ民族の出身ではなく、策略の限りを尽くしてユダヤ民族の王についた人なので、「ユダヤ民族の生まれたばかりの王はどこですか」と聞かれて驚天動地に陥ったことは容易に想像できます。メシア誕生が天体の動きをもって異民族の知識人にまで告知された、と聞かされてはなおさらです。日本語訳では「不安を抱いた」とありますが、ギリシャ語の単語の意味は「驚愕した」です。それで、権力の座を脅かす者は赤子と言えども許してはおけぬ、ということになり、マタイ2章の後半にあるベツレヘムでの幼児大量虐殺の暴挙に至ったのでした。

以上みてきたように、本日の福音書の箇所の記述は、自然現象から始まって当時の歴史的背景全てに見事に裏付けされることが明らかになったと思います。しかしながら、問題点もあります。2つのことが大きな問題としてあります。せっかく歴史的信ぴょう性が大丈夫そうになったのに、何をまた馬鹿正直に、と思われるかもしれませんが、どうせ損な宗教ですから、お付き合い願います。問題の第一は、昨年1230日の説教でイエス様親子がどのくらいエジプトに避難していたかということを考えました。もしマリアの出産後の清めの期間が律法の規定通りの3か月だったとすれば、イエス様の誕生は紀元前45年になってしまいます。紀元前7年にするとイエス様が清めの儀式のためにエルサレムの神殿に連れて行かれるのが23歳くらいになってしまい、少し大きすぎてしまいます。説教でも申し上げたのですが、イエス様の誕生からヨルダン川での洗礼までの出来事の一次資料はヨセフやマリアが周りの人に話したことが伝承されたというものしかありません。それで歴史の復元に空白部分が出るのはやむを得ないのです。

3.森羅万象の上に立つ神と私たち

もう一つの問題点は、東方の学者グループがエルサレムを出発してベツレヘムに向かったとき、星が彼らを先導してイエス様がいる家まで道案内したということです。SFじみていて、まともに信じられないところです。先ほど、木星と土星の重なるような接近は紀元前7年はしつこく何回も繰り返されたと申しましたが、そのことを考えてみましょう。エルサレムからベツレヘムまでの行程で学者たちが目にしたのは同じ現象だった可能性があります。星が道案内したというのも、例えば私たちが暗い山道で迷って遠くに明かりを見つけた時、ひたすらそれを目指して進みます。その時の気持ちは、私たちの方が明かりに導かれたというものでしょう。劇的な出来事を言い表す時、立場を入れ替えるような表現も起きてくるのです。もちろん、こう言ったからといって、彗星とか流星の可能性も否定できません。

さらなる可能性として、天地創造の神が星に類する現象を起こして、それを見た人間は星としか言いようがなかった、そんな現象の可能性を考えることも出来ます。ただ、これは大方の人は認めがたいかもしれません。というのは、木星と土星の接近とか彗星や流星であれば、自然の法則に従う現象なので理性で受け入れられます。ところが、何者かの意志が働いて超自然現象が起きるというのは理性では受け入れられないからです。しかしながら、聖書の観点では自然の法則というのは、何者の意志も働かない自動機械的な動きではありません。先ほども申しましたように、森羅万象は創造主の神の意志に服するので、自然の法則も神の意志に従って働き、神の意志を超えたりそれに反するような働きは出来ません。惑星の異常接近も彗星や流星も全て神の意志の範囲内のことです。

そうなると人間は神の意志に服する森羅万象の中であまりにもちっぽけで無力な存在です。神の意志が働く自然法則を人間はコントロール出来ないどころか、それにコントロールされるだけです。

ところが神は、そんな無力でちっぽけな人間に森羅万象の上から目を注がれ、人間を森羅万象の中で無防備状態に留めておかないと言われるのです。そのことが詩篇8篇で次のように言われています。

「あなたの天を、あなたの指の業をわたしは仰ぎます。
月も、星も、あなたが配置なさったもの。
そのあなたが御心に留めてくださるとは 人間は何ものなのでしょう。
人の子は何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。」(45節)

天体を配置された創造主の神はまさに森羅万象の上に立つ方です。その方が森羅万象の只中にいる、点にも満たない人間に目を注いで心に留めて下さる、顧みて下さる、と言うのです。どうしてそんなことがありうるでしょうか?宇宙はあまりにも広大です。森羅万象の上に立たれる神はどうやってその宇宙の中のほんの片隅の小さな星にいる小さな人間なんかに目と心を向けられるのでしょうか?たいていの人は、自分はそういう途方もない方が心に留めて下さったとか、顧みて下さったとか、全然感じられないと思うでしょう。しかし、そのような思いにとらわれる時こそ、まさにその神がひとり子イエス様を私たち人間に贈って下さったということを思い出します。これが神の私たち人間に対する顧みであり、心に留めて下さることの証拠であり実例です。

この世に送られたイエス様は、父なるみ神がどんなお方で、何を人間に望んでおられるか、人々に教えられました。それに加えて、神が今おられ、いつの日か新しい天と地が創造される時に現れる神の国がどんなところであるかも教えられ、またそれを奇跡の業を通して人々に垣間見せました。そして、十字架の死を遂げることで、人間を神から切り離す原因となっていた罪、神の意志に反する罪、その償いを人間に代わって神に対して果たされました。さらに死から復活させられることで、死を超えた命の国でもある神の国に至る道を人間のために開いて下さいました。

本日の使徒書の日課エフェソ3章に使徒パウロが神からお恵みとして与えられた任務の一つに、「キリストの途方もない豊かさを異邦人に伝えること」が言われています(8節)。新共同訳では「キリストの計り知れない富」と言って何か財宝みたいですが、「キリストの途方もない豊かさ」の方がいいと思います。どんな「豊かさ」かと言うと、神と人間の間にあった落差を埋めた豊かさです。その落差は途方もないものだったので、それを埋めた豊かさも途方もないものでした。神の御前であまりにも足りなさすぎ欠けすぎ至らなすぎの人間を満たしてあげて、神の御前で欠けるところがない、至らないところがないようにして下さいました。そのような途方もない豊かさが神のひとり子の十字架の死と死からの復活によって生み出されたのです。あとは人間の方がこのイエス様を救い主とわかって洗礼を受けることでこの豊かさに満たされます。イエス様を救い主と信じる信仰に生きる限り満たされ続けます。エフェソ312節を見ると、キリスト信仰者というのは神の御前に出ても全く大丈夫という心で御前に出ることができるのだ、そのことはイエス様を救い主と信じる信仰にあって確信できるのだ、と言っていますが、まことにその通りです。

兄弟姉妹の皆さん、現実の生活の中でいろいろな課題に直面して取り組んでいる時、果たして父なるみ神は本当に自分のことを顧みて下さっているのか、心に留めて下さっているのか、信じられなくなる時があるかもしれません。新年の礼拝の説教でも申し上げましたが、そういう時は、神はひとり子イエス様を贈って下さったくらい私のことを心に留めて顧みて下さった方なのだから、その他のことで心に留めないなどということはありえないのだ、だから、どんな結果を見せてくれるかは神にお任せして、自分としては出来るだけのことをしよう、ただし神の意志に反しないように正しく行おう、神が見せてくれるどんな結果にも必ず神の良い導きが続くはずだ。そういう心意気で行きましょう。


 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン