2012年4月30日月曜日

キリストを愛すること - 牧会者・信徒の共通の課題 (吉村博明)



説教者 吉村博明 フィンランドルーテル福音協会宣教師、神学博士

主日礼拝説教 2012年4月29日 復活後第三主日 
日本福音ルーテル日吉教会にて

使徒言行録4:23-33、
ヨハネの第一の手紙3:1-2、
ヨハネによる福音書21:15-19
 
説教題 キリストを愛すること - 牧会者・信徒の共通の課題
  
 
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
 
 
わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

1.

 今日は二つのテーマについてお話ししたく思います。一つは、本日の福音書の箇所にあるヨハネ2118節で、ペトロがどのような死に方をするかイエス様が預言し、19節で福音書記者のヨハネがその預言について、神の栄光を現す死に方と解説していますが、この「神の栄光を現す」ということについて考えてみたく思います。二つ目のテーマは、イエス様を愛することとはどういうことか、その愛は牧会者と信徒にどうかかわっているか、という本日の説教テーマに直接かかわることです。それでは、はじめに「神の栄光を現すこと」についてみていきたいと思います。
 
 キリスト教会の古い言い伝えによれば、使徒ペトロは西暦63ないし64年頃にローマで十字架にかけられるという殉教の死を遂げました。彼は、十字架にかけられる時、自分は主と同じ死に方をする値打ちのない人間だ、と兵士たちに言ったところ、それじゃ、これで満足だろう、と頭を下にして十字架に架けられたということです。本日の箇所のヨハネ2118節にあるイエス様のペテロに対する預言、「お前は若かった時には腰に帯びを縛って行きたいところを歩き回ったが、年を取った時、お前は両手を広げ、別の者がお前を縛って、行きたくないところに連れて行く」、これは言われてみれば、十字架の刑につけられることを指すとわかるものですが、実際に起きてみなければなんのことかわかりにくいものだと思います。ヨハネはペトロの処刑を目撃したか、またはその知らせを耳にしたのでしょう。その時、ああ、あの時ガリラヤ湖畔で復活した主がペトロに言われたことは、このことを意味していたのだ、と事後的にわかったのであります。こうしてみると、ヨハネがいったん20章で終えた福音書にどうしても21章を付け加えたくなった理由として、ペテロ殉教の報に接し、イエス様の預言の成就が特筆すべきものになったからということが見えてくると思います。(ひとつ余計なことですが、研究者の中には、聖書にある預言とはみな出来事が起きた後に作られて、さも出来事の以前に言われたように書かれただけだ、と主張する人も多いのですが、それだったら、本日の箇所のところは、こんなわかりにくい表現にしなかったのではないでしょうか?例えば、「ペトロ、お前は私のように木に掛けられる」とか「高く掲げられる」とか、イエス様がシンボルを上手に使って「正確に」預言できたようにしたのではないでしょうか?)
 
さて、ペテロの殉教の死は、19節でヨハネが解説しているように、神の栄光を現すものでした。これは、私たちをしばし考えさせます。私たちもこれくらいしないと、神の栄光を現すことはできないのか、と。日々平穏無事に過ごしていたら、それは神の栄光を現す生き方ではないのか、と。ここで注意しなければならないことは、天地創造の神の栄光や栄誉は、被造物である私たちの業や達成に左右されるような頼りないものではない、ということです。私たちの業や達成が増すこと減ることに関係なく、神は超然として栄光と栄誉に満ちた方であります。それでは、私たちが神の栄光を現す、というのはどういうことでしょうか?それは、動かせない神の真理を、私たちが自分の生き方を通して人前で証しし、明らかにすることです。つまり、あなたは何者かと問われて、私は、天地とそこに収まる全てのものを造られた神に造られた者である、と答える。そして、その造り主が送られたひとり子イエス・キリストの犠牲を通して罪と不従順の奴隷状態から解放された者である、さらに、この世から死んだ後に永遠に造り主のもとに戻ることができる道を今歩んでいる者である、そう胸をはって答えることです。何も問われない時は、そのような者として胸をはって生きるだけです。
 
このように神の真理に従って胸をはって生きていこうとすると、いろんなことに遭遇します。神の真理を取り下げないと命はないぞ、という時代だったら、この世の人生の終わり方は殉教しかないでしょう。しかし、自分は造り主に造られた者であるということをどうして取り下げられましょうか?自分は造り主が送られたひとり子の犠牲によって罪の奴隷状態から贖われたということをどうして取り下げられましょうか?贖われた者として自分は永遠に造り主のもとに戻ることができる道を歩んでいるということをどうして取り下げられましょうか?ペテロは自分の生きた時代状況のなかで、そんな生き方をしたら殉教の終わりになってしまうという生き方を貫いてこの世の人生を終えました。そうすることで神の真理を証し、神の栄光を現したのであります。私たちの生きている時代状況の中では、そんな生き方を貫いたらどんなことに遭遇するでしょうか?これは各自の省察にお委ねしたく思います。一言だけ付け加えますと、たとえ不治の病に侵されても、神の真理に従って胸をはっていることはできるのであり、神の栄光を現すことはできるということであります。
 
 
2.

 次に二つ目のテーマである「イエス様を愛することとはどういうことか?」についてみていきましょう。まず初めに、イエス様とペテロの対話をみてみましょう。イエス様が「私を愛しているか?」と三度ペテロに同じ質問をしたことは、ペテロがイエス様のことを人前で三度拒否したことに対応すると言われています。「私はあなたを愛しています」とペテロに三回言わせることで、拒否したことを赦す意味合いがあるとみなされています。ここでは、もう少し詳しくこの対話をみていきます。
 
 イエス様が「私を愛しているか?」と聞く時のギリシャ語の動詞「愛する」と、ペテロが「私はあなたを愛しています」と答える時の動詞「愛する」が違っています。聞く時の動詞はαγαπαωアガパオーと言いますが、答える時の動詞はφιλεωフィレオ―と言います。二回目のイエス様の質問とペトロの答えも同じです。三回目になるとイエス様はフィレオ―で聞き、ペテロは同じ動詞で答えます。日本語訳だけでなく、英独の訳もいくつかみてみましたが、みな「愛する」と同じ言葉で訳されています。スウェーデン語とフィンランド語の訳もそうです。これは、訳者がみな異なる動詞に意味の違いはないと考えているからでしょうか?私は、そうではないと思います。実は、この動詞の違いには看過できないものがあります。訳者たちはそれを知りつつも、適当な訳語が見いだせず、説明的に訳することも避けなければならなかったからではないかと考える者です。この二つの動詞の違いを見ていこうと思います。
 
 「愛」とか「愛する」という言葉は厄介なものです。というのは、この言葉は、一般には男女間の情愛とか性愛の意味が強くこめられることが多いので、それ以外の愛の形が背景に退きがちになるからです。あるフィンランド人の牧師が言っていたのですが、日本で中学生の女の子ばかりが集まる聖書の学びの会で、「イエス様は私たちを愛されました。私たちもイエス様を愛して、互いに愛し合いましょう!」と言ったら、女の子たちはみな顔を下に向けてくすくす笑い出し、横目で見あっていたということです。和洋を問わずヒットソングばかり聞いているとそういうことになってしまうのでしょう。
 
古代ギリシャ語は、異なる形の愛を異なる言葉で言い表していました。男女間の情愛とか性愛に関係する愛はエロースερωςと言っていました。兄弟愛とか同志愛とでも言うべきものとしてフィラデルフィアφιλαδελφιαという語がありました。対象が兄弟や同志より広がって人間愛を意味する時は、フィラントローピアφιλανθρωπιαという語が使われました。ペトロの「愛しています」の答えに出てくるフィレオーφιλεωという動詞は、この兄弟愛、同志愛、人間愛に結びつく愛です。
 
それでは、イエス様が聞く時に使った「愛する」の動詞アガパオーαγαπαωはどんな意味があるのでしょうか?ヨハネ福音書1334節と1512節をみると、イエス様は弟子たちに新しい掟を与える、と言って、「私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と命じます。その時、イエス様の弟子たちに対する愛も、またそれを模範として弟子たちが互いにしなければならない愛もアガパオーαγαπαωです。それでは、イエス様が弟子たちを模範的に愛する愛とはどんな愛でしょうか?1513節でイエス様はこう言います。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」ここでは、愛は動詞ではなく名詞のアガペーαγαπηですが、動詞のアガパオーαγαπαωも名詞のアガペーαγαπηも同じ愛の形を意味します。ここで、アガパオーαγαπαω、アガペーαγαπηの愛の形は、自分の命を犠牲にすることも厭わないことがかかわってくることが明らかになります。
 
そこで、自己犠牲をも厭わない愛の形という場合、誰のための誰による何のための犠牲なのかということをはっきりさせなければなりません。「ヨハネの第一の手紙」410節で次のように言われています。「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。」少し正確に訳すと、こうです。「愛(αγαπη)がどこに存するかと言うと、私たちが神を愛したということにではない。神が私たちを愛して、私たちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになったということの中に存するのである。」つまり、アガパオーαγαπαω、アガペーαγαπηの愛の形は、神から来る愛です。その内容は、人間が造り主である神のもとに戻れるのを妨げていたものを、神がひとり子を犠牲にして全て取り払って下さったということです。人間は堕罪の時に、神に対して不従順に陥り罪を持つようになったために死する存在となり、造り主の神と造られた人間との間に深い断絶が生じてしまいました。人間は代々死んできたように代々罪と不従順を受け継いできました。神は、人間が再び御自分の元に戻ることができるように、この世から死んだ後も永遠にそのもとにいることができるようにと、ひとり子をこの世に送りました。もし人間が罪と不従順を背負い続けたら、この世から死ぬ時にその重みで滅びの世界に落ちてしまいます。そこで、イエス様に人間の罪と不従順を全てかぶせて、滅びの罰を受けさせました。そして、死んだイエス様を復活させることで、永遠の命、復活の命への扉を開かれました。永遠の滅びから救われるために人間がすることと言えば、この神がひとり子を用いて整えた救いを受け取ることです。イエス様を救い主と信じ、洗礼を受けることで受け取りは完了です。
 
さて、イエス様とペトロの対話に戻りましょう。イエス様は、ペトロに神由来の愛の形で「愛しているか」と聞きました。ペトロはというと、先ほど見た兄弟愛、同志愛、人間愛のレベルの愛、つまり人間に由来する愛の形で「愛しています」と答えました。他の弟子が見捨てても自分は主を見捨てない、と言っておきながら見捨ててしまい、自己犠牲などからほど遠いことを露呈してしまった手前、偉そうなことは言えない。かと言って、主を愛してやまないことも偽りのない真実である。そんなジレンマが、ペテロが神由来の愛を避けて人間由来の愛をもって答えたことに見て取れます。イエス様はペトロに、「お前は神由来の愛で私を愛するか?」と聞き、ペトロは「はい愛します。ただし、人間由来の愛ですが」と答えるのです。イエス様は同じ質問を繰り返し、ペテロは同じ答え方をします。そして三度目の質問で、イエス様は今度は神由来の愛の形の言葉アガパオーαγαπαωを使わず、人間由来の愛の形の言葉フィレオーφιλεωを使います。つまり、「それじゃ、お前は人間由来の愛だったら愛するんだな」とたたみかけたわけです。ペテロの反応と答えに彼が窮地に陥ったことが窺われます。(ひとつ余計な注ですが、イエス様とペトロのやりとりはほぼ確実にアラム語でなされていたでしょう。もしそうなら、この箇所は、出来事を目撃したヨハネが後日ギリシャ語に訳して記したものであります。イエス様とペテロがアラム語でどんな動詞を使い合っていたかはもう知りようがありませんが、使徒ヨハネは二人のやりとりのニュアンスをしっかり捉えて福音書にあるように訳したのだと考えればよいでしょう。そもそも使徒とは、イエス様ご自身が目撃者、証言者として働くべく選んだ者たちです。それゆえ、そんな使徒を信頼し、彼らの証言やその伝承を信じ、彼らの教えを守ることはキリスト教信仰の基本です。)
 
 さて、イエス様が同じ質問を三回したのはなぜか?ペテロに三回拒否されたので、一回の答えでは信用できなかったからか?実は、イエス様は既に一回目の答えで、ペトロがイエス様を愛していることを信用していたのです。どうしてそんなことが言えるのかというと、ペテロの答えの後に、イエス様は「わたしの小羊を飼いなさい」と言います。イエス様を救い主と信じる者たちが信仰を持ってこの世を歩めるように彼らを守りかつ指導しなさい、つまり牧会しなさいという意味です。「わたしの小羊」と言われているように、牧会者は信徒をイエス様からあずかって牧会するのですから、その責務ははかりしれないものがあります。ペテロにこのような責務を委ねたのです。もし、イエス様がペトロを信頼していなかったら、こんな重要な命令は下さなかったでしょう。
 
それほどペトロを信頼していたのであれば、なぜイエス様はペトロの愛を三度も確認させたのか?それは、牧会とはイエス様を愛することが土台になっていなければならない、ということを強調したかったからであります。それでは、牧会者のイエス様に対する愛が牧会の土台を成すという場合、その肝心なイエス様を愛するというのはどんな愛なのでしょうか?
 
イエス様を愛するとは、アガパオーαγαπαωアガペーαγαπηの愛で愛することですが、この愛は人間は自分の力でもつことはできません。これは、先にも申し上げたように、人間の自然に由来する愛の形とは異なる神由来の愛の形だからです。男女間の情愛・性愛、兄弟愛、同志愛、人間愛というものは、たとえ人が神に造られたことを知らなくても、イエス様に罪と不従順から贖ってもらったことを知らなくても、持つことができる愛の形です。人間に先天的に備わっているとも言えるし、また後天的に生まれ育った文化や伝統や国の中で形作られてくる面もあります。今次の大震災で何十万のボランティアが復興支援のために東北に赴きました。彼らの大部分はキリスト教徒でない人たちです。キリスト教徒でなくても、兄弟愛、同志愛、人間愛を持つと言うのは何の不思議もないことです。しかし、そうした人間由来の愛は、人間がこの世から死んだ後に人間を造り主のもとにもどす力はありません。その力を持つのは神由来の愛しかありません。しかし、神由来の愛は、神からいただかないと持つことができません。人間に先天的にも備わっていないし、国や文化や伝統がつくることもできません。どうすればそれを持てるかというと、先ほど申し上げましたように、神がひとり子イエス様を用いて人間の救いを整えられたということがこの私のためにもなされたのだ、とわかって、イエス様を救い主と信じて洗礼を受けて、神の霊、聖霊を受けることを通してです。
 
イエス様は、こうして神由来の愛を受け取った私たちも同じアガパオーαγαπαω、アガペーαγαπηの愛の形で愛するよう命じられますのです(ヨハネ1334節、1512節)。ただしこれは、人間を罪と不従順から贖ったイエス様と同じ犠牲をしろ、という愛の実践は意味しません。それは神のひとり子が既に実現したので、新たな犠牲はもう必要ないからです。それにそのような犠牲は私たち人間が出来ることではないのです。他方で、イエス様が払った犠牲と全く異なるレベルですが、私たちが払わねばならない犠牲もあります。それは隣人愛の実践においてです。もし隣人がキリスト信仰を持つ人の場合、その人が既に受け取った救いを失わないようにと助けることにおいて、自分の持てる力や時間を多く割かなければならない時がある、ということを肝に銘じておきましょう。また隣人がキリスト信仰を持たない人の場合、その人が私たちと同じ救いを受け取ることができるようにと助けることにおいて、自分の持てる力や時間を多く割かなければならない時がある、ということもあわせて肝に銘じておきましょう。ルターは、そのような隣人愛の実践において、財産や命を失う可能性もあることを覚悟せよ、と言っています。
 
信仰と洗礼を通して私たちは、神由来の愛、アガパオーαγαπαω、アガペーαγαπηの愛を持って生きることになりますが、他方で、人間が自然に持っている愛の形も、私たちが肉をまとう存在である限り消えないで残ります。人間由来の愛を打ち消して、全てを神由来の愛に置き換えることは不可能です。問題はそうではなく、神由来の愛がそうした人間由来の愛をいかに方向付け秩序立てていくかにあります。例えば、男女間の情愛や性愛は、人間を男と女に造った神の創造の意図にしっかりとどまれば、夫婦の絆を強めるという大切な役割を持っていることが明らかになります。
 
イエス様は、彼を愛する人は彼の教えたことを守る人であると言います(ヨハネ142123節)。イエス様を愛して彼の教えを守るというのは、結局のところ、人間が神由来の愛を受けて、それに基づいて人間に由来する愛を方向付け秩序立てていくことであると言ってもよいと思います。
 
このようにみると、イエス様を愛するということは、牧会者だけに限られません。信徒にもかかわることです。牧会者は、教会を拠点にして、神の御言葉と聖礼典を恵みの道具として用い、信徒が神由来の愛を持ってこの世の人生を歩めるよう、この世から死んだ後は永遠に造り主の元に戻ることができるよう、守り指導する職制にある者です。また、信徒でない者が神由来の愛を持てるように助けることも職務に入ります。信徒はどうかと言うと、拠点は家族、仕事場、学校等々とそれぞれの人生の場所となり、恵みの道具の使用も限られます。しかし、信仰の兄弟姉妹が共に神由来の愛を持って歩めるよう互いに助け合い、また信徒でない人にはその人がその愛を持てるように祈り、もし時が与えられれば信仰を証して、そのようにと助けていくこと、これは牧会者と全く同じイエス様を愛することです。
 
最後に、洗礼を通して神の霊、聖霊を受けたと言っても、この世では私たちは肉をまとって生きていますから、神由来の愛の形をもって愛そうと思っても、またその愛で肉の欲するところを方向付けたり秩序立てたりしようとしても、いつも霊の導くところと肉の欲するところの間に立たされて、失敗することがあります。神を全身全霊で愛さなかったり、隣人を自分を愛するが如く愛さなかったりする自分に直面します。失敗の連続でしょう。しかし、その時は、いつも罪と不従順の赦しの原点であるゴルガタの十字架に心の目を向けましょう。贖いと救いはそこで完全に実現されているのです。そして、洗礼を通して受け取った救いは、私たち個人の思いや感情や動向に関係なく、全く微動だにせず私たちの足元をしっかり支えているということを、聖書の御言葉から体得しましょう。例えば、イザヤ書5410節で神は次のように言われます。「山が移り、丘が揺らぐこともあろう。しかし、わたしの慈しみはあなたから移らず、わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないと」。私たちが微動だにしない神の赦しの恵みとしっかり結ばれていることは、聖餐式で受ける主の血と肉を通して体得されます。このことも忘れずにこの世の人生の歩みを共に歩んでまいりましょう。
  
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン

2012年4月26日木曜日

福音宣教に携わる者の心得 (吉村博明)



説教者 吉村博明 (フィンランドルーテル福音協会宣教師、神学博士)
 
主日礼拝説教 2012年4月22日 復活後第二主日 
日本福音ルーテル横浜教会にて

使徒言行録4:5-12、
ヨハネの第一の手紙1:1-2:2、
ヨハネによる福音書21:1-14

説教題 福音宣教に携わる者の心得
 
 
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。


わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

1.

 本日の福音書の箇所が収められているヨハネ福音書21章は、本当は20章で終わっていたはずの同福音書の付け足しと考えられています。どうしてかというと、20章の終わりは、この福音書の結びとして書かれているからです。20章を概観しますと、まずイエス様が埋葬された墓が空であったことが記され、それから復活されたイエス様がマグダラのマリアに現れ、次いで弟子たちの前に二回続けて現れます。そして20章の3031節で、イエス様はこの他にも弟子たちの前で多くの奇跡のしるしを行ったが本書では書かれていない、と断り書きがされ、それに続いて本書が書かれた目的が述べられます。それは、読者がイエス様をメシア救世主、神の子であると信じるようになるためであり、かつ、そう信じることで読者がイエスの名において永遠の命を持てるようになるためである、という目的です。私たちが、ヨハネ福音書を初めから通して読んで、イエス様をそのように信じることができるようになった時、この目的が達成されるのです。誰がそのような目的を設けたかというと、福音書記者というのは正しくありません。天地を創造され、また私たち人間をも造られた神が、私たちの救いのためにイエス様を送られて、そのことが書物に記されるわけだから、目的の達成というのは、実は造り主、神の目的の達成であります。
 
 さて、20章でヨハネ福音書が完結するかと思いきや、「この後、イエスはまた弟子たちの前でご自身を現された」と21章が始まります。20章で復活したイエス様が現れたのはエルサレムでしたが、21章では場所を変えてガリラヤのティベリアス湖畔になります。ティベリアス湖というのは、ガリラヤ湖のことです。この21章が誰の手による付け足しかということには、学界でも議論がありますが、原文のギリシャ語の使い方や文体からみて、1章から20章までを書いた人と同一人物と見なしてよく、仮に異なる人だったとしても、福音書記者の直近の弟子が先生の残した証言録を正確に伝えて記したと言えるものです。ここで、ヨハネ福音書は誰の手によって書かれたかということについては、これも学界では諸説がありますが、本福音書は直接の目撃者が記したのだということが随所に言われており、12弟子の一人であるのは間違いないでしょう。さらに加えて、あの裕福な漁業者(マルコ120節)ゼベダイの二人の息子の一人ヨハネであると言っても、何も問題ないという立場を本説教者はとる者です。

 
2.

 ヨハネ21章はまた、20章までと同じように直接の目撃者の証言としての性格がよく出ている文章です。どうしてかというと、描写が写実的であると同時に、創作にしては隙だらけというか、目撃者の狭い視点で生き生きと直接的に語られているからです。以下にそのことを見てみましょう。
 
 ペトロが他の6人の弟子たちと一緒にガリラヤ湖で漁をしようということになります。これらの弟子たちがエルサレムからガリラヤに戻ってきたことは、イエス様の復活を告げた天使が弟子たちにガリラヤに行くように指示したこと(マタイ287節、マルコ167節、マタイ2810節ではイエス様が直接指示)が背景にあると考えられます。さて、その夜は何も捕れませんでした。ガリラヤ湖の漁師にとって、夜は最適な漁の時間帯だったようです。ルカ5章でペトロはイエス様に、夜通し頑張ったが何もとれませんでした、と言います。最適な時間帯でもダメな時があるということです。
 
夜が明けた頃に、イエス様が湖岸に現れました。弟子たちのいる舟と湖岸の間は200ペキス、今の距離にして86メートル程です。弟子たちは現れた男に気づきますが、それがイエス様だとはまだわかりません(4節)。イエス様が復活直後に弟子たちに現れた時も、すぐにイエス様であるとはわかりませんでした。マグダラのマリアは最初、庭師かと思っていました。名前を呼ばれて初めてイエス様と気づきました(ヨハネ2015節)。エマオに向かう途中の二人の弟子は、一緒に話しながら歩いている男がイエス様であるとわからず、夕食の時、イエス様が賛美の祈りを唱えてパンを裂いた時に、「目が開かれて」イエス様だとわかりました(ルカ281332節)。なぜ、そこまで気づかなかったかと言うと、ルカによれば二人の目が「遮られて」いたからであります(2416節)。それは、彼らが、イエス様が以前預言したこと、自分は処刑されても死から復活すると言っていたことを心に留めていなかったり、死者の復活そのものをまだ信じていなかったことを意味するのでしょう。
 
イエス様だと気づかなかった原因は、弟子たちだけでなく、イエス様の側にもあったように思われます。マルコ1613節によると、イエス様は二人の弟子たちに何か「別の姿かたち」(εν ετερα μορφη)で現れたと記されています。復活された主は、気づこうとすれば気づけるけれども、一見すぐには気づけない何か以前とは異なる姿かたちをしていたことが窺えます。ルカ福音書やヨハネ福音書では、復活したイエス様が鍵をしめた家の中に突然入って来られます。弟子たちは亡霊だと言ってパニックに陥りますが、イエス様は「亡霊には肉も骨もないが、わたしにはそれがある」と言って、弟子たちに手足を見せたり(ルカ243940節)、わき腹に触れさせたりします(ヨハネ2027節)。亡霊とか人間とかいう範疇ではくくれない、想像を超えた姿かたちとして復活の体が存在するのであります。マルコ1225節で、イエス様は、死者の中から復活する者は「天使のようになる」と言っています。空間を超えて移動する様は、さながら天使そのものです。使徒パウロは、復活した体は朽ち果てることのない輝きと力に満ちた体だ、と言っています(1コリント154243節)。ちなみに、私たちも復活の日にそのような体を与えられるのです。
 
以上のように、気づこうとすれば気づけるけれども、見る方の不信仰も手伝って、すぐには気づけない何か以前と異なる姿かたちがある、そんな姿かたちを復活のイエス様はとっていた。それで、弟子たちは、すぐにイエス様とわからなかったのでした。それと同じことが、ガリラヤ湖でも起きました。弟子たちは、湖岸に現れた男をイエス様とはわかりませんでした。それが、イエス様とのやりとりを通してわかるようになります。次にどんなやりとりがあったのかをみてみましょう。
 
イエス様は弟子たちに、「子たちよ、何か食べ物があるか」と聞いていますが、ギリシャ語の原文で「子たちよ」というのは、実は複数の男たちを相手に呼びかける言い方です。それで、訳のように直訳せずに、「君たち!」とか「お前たち!」というのが適当でしょう。「何か食べ物があるか」というのも、実はギリシャ語の原文では、否定の答え「ありません」を期待する形の疑問文ですので、本当は、「君たちには何も食べる物がないんだろ?」と訳さなければなりません。つまり、ここは、「君たち!君たちには何も食べる物がないんだろ?」となります。「ないんだろ?」と聞かれた弟子たちの答えは、「そうだよ。ないんだよ」となります。答えを受けてイエス様は、「それじゃ、舟の右側に網を打ってみなさい。そうすれば見つかるから」とアドヴァイスします。日本語では「そうすればとれるはずだ」となっていますが、正確には「見つかる」です。何が見つかるかというと、「食べる物」です。
 
このやりとりから推測するに、弟子たちが漁を始めたのは、主がいなくなってしまったので、もう「人間を捕る漁師」になるのはあきらめて、もとの職業に戻ろうとしたのではないことが明らかになります。彼らはエルサレムから天使の指示通りにガリラヤに戻ってきた。しかし、主が多くの群衆を従えていた時と違って、今は自分たちが処刑されたイエスの弟子であるとは公にしにくい状況になってしまった。かつてのように気前よく食事の提供も受けられなくなってしまった。自分たちで食べ物を探すしかないという状況になってしまったのであります。弟子たちは、空腹だったでしょう。主は、舟の右側に網を打てば食べる物が見つかる、と助言しました。そして、食べる物は見つかるどころか、溢れかえるくらいでてきたのです。
 
この時、かつてガリラヤ湖の湖岸の町ゲネサレトで起きた出来事が、ペトロの記憶に蘇ったことが十分考えられます。それは、ルカ5111節に記述されている出来事です。「あの時、主は舟に乗って岸辺の群衆に教えを宣べられていた。教え終わった時、主は網を降ろすように命じられた。私は、夜通しやってみたが何も捕れなかったと言ったのだが、主のおっしゃることなのでその通りにした。すると、網には船が沈まんばかりの魚がかかっていた。それと、同じことがここでまた起きた。あの湖岸に立つ男は、実は主なのだ。」 - と思うや否や、この福音書の記者であるヨハネが、同じ結論を真っ先に口にします。「主だ!」ペトロは、復活の主にまた相まみえるべく、湖に飛び込もうとしますが、ほとんど裸同然であることに気づく。これでは光栄ある謁見に相応しくない。すかさず上着をつけます。そして、せっかくの身なりが台無しになるのも意に介さず、上着のまま湖に飛び込みます。これなど、誠にペテロの性格がよく現れている出来事です。記述のリアリズムが溢れているところです。
 
ペテロは先に岸に泳ぎ着きました。少しして舟が魚で一杯の網を引きずって到着しました。その間、イエス様とペテロの間にどんなやりとりがあったかは記されていません。本福音書の記者ヨハネはまだ舟に乗っているので、やりとりを聞いていないわけです。このことがまた、この箇所が目撃者の視点で書かれていることを示しています。もちろん、ヨハネが後日ペトロに、あの時どんなことを話していたのか、と聞き取りしていれば、それを加えることも出来たでしょうが、それはなかったのであります。ない以上は、書きようがなく、それでここは空白にならざるを得ないのです。こういうわけで、ヨハネ福音書に限らず、他の福音書や使徒言行録の目撃者の証言性はできる限り尊重しなければいけません。現代人の感覚にあわないものは、すぐ、これは創作だ、と決めてかかる態度は最後の最後まで控えなければなりません。
 
こうして弟子たち全員が岸にあがると、イエス様は炭火をおこしてすでに魚を焼き始めていました。パンもありました。弟子たちは疲労と空腹がかなりあったでしょう。イエス様は、弟子たちに「さあ、来て、朝食をとりなさい」とねぎらいます。復活の主に再び会えただけでなく、その主に今まさに必要としているものを整えてもらって、弟子たちの得た安堵はいかほどのものであったでしょう。このように、肉体的、精神的または霊的に疲労困窮した者をねぎらったり、もてなしたり、励まして力づけることはイエス様の御心です。かつて、12弟子たちが宣教旅行から帰って来た時、イエス様がまっさきにしたことは、彼らを休ませることでした(マルコ631節)。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ1128節)とはまさに主の御言葉でした。
 
 
3.

 以上から、本日の福音書の箇所は、福音書記者ヨハネの目撃したことに基づく出来事の生き生きした記述であることをみてきました。ここから先は、この箇所が読者である私たちの信仰にとって、どんな意味があるかをみてみます。初めにも述べたように、この福音書を通しての神の目的は、私たちがイエス様をメシア救い主、神の御子であると信じることができるようになり、また信じることで私たちがイエス様の名において永遠の命を持てるようになることでした。本日の箇所は、その目的にどう資するでしょうか?
 
 本日の箇所の出来事は、イエス・キリストを救い主と宣べ伝える宣教に携わる者にとって大きな意味があります。弟子たちは、夜通し網を打っても何も捕れませんでした。疲労と空腹が高まった時、主が助言して、それに従うと、予想を超えた成果を得ました。そして、主に疲労を癒してもらい、空腹を満たしてもらいました。主が用意されたのは朝食でしたので、それを食べて元気をつけたらまたその日の務めに向かいなさい、そういうひと時を整えて下さったのです。網を打って魚を捕ることは、福音宣教を暗示します。本日の箇所に出てくる153匹の魚の153という数字は、当時世界中の魚の種類は全部でそれだけあると考えられていたという説があります。それで、153匹の魚が網に入ると言うのは世界の全ての民族が福音を信じるようになったことを意味するのだと解釈する人もいます。この説の真偽はここでは吟味いたしませんが、いずれにしても、イエス様は漁師ペトロとアンデレを弟子にする時、「人間を捕る漁師にしてやろう」と言っているので(マルコ117節)、網を打って魚を捕ることは、福音宣教を暗示しているのです。そのため、本日の箇所は、福音宣教で一生懸命労苦しても誰も福音に耳を傾けてくれず心も向けない、ひどい時は悪口を言われたり追い出されたり、昔なら迫害を受けてしまうこともある。ただただ疲労に疲労を重ねるだけの時期がある。場合によっては食に窮することもある。ところが、ある時、主の助言があり、それに従うと予想もしない成果が表れることがある。そして、主は疲れた心と体を癒しねぎらってくれて、再び宣教に出ていく力をつけてくれる。そういう福音宣教の現場のサイクルが見事に暗示されています。このことを本日の箇所から学ぶことができます。
 
 さて、主の助言がある、と言う場合、いつどこでそれを聞くことができるのでしょうか?復活された後、天に上げられるまでの40日間、イエス様は弟子たちに現れて、彼らを教え、また強めました。私たちには同じような形で主は現れません。そのかわり私たちには、主に助言を求める拠りどころとして聖書があります。そこには、イエス様が教えたこと、なさったことが目撃者の証言をもとに収められています。そしてイエス様をこの世に送られた天地創造の神、私たちの造り主である神の私たちに対する御心と御意志が明らかにされています。神は、堕罪の出来事で死する存在となってしまった人間が、再びご自分のもとで永遠に生きられるようにと望まれました。そこで、その妨げになっている罪と不従順という私たちの重荷をイエス様に負わせて、イエス様の犠牲の贖いの死に免じて人間を「赦す」というやり方で、新しい人生の可能性を開いて下さいました。それがイエス様の十字架の死と死からの復活の意味です。この神の人間に対する愛と恵みを受け取った者の信仰と人生とはいかなるものか、ということについても聖書は教えています。このように私たちにとっては、聖書は主の助言の大切な源であります。
 
 それから、福音宣教に携わる者というと、それは牧会者や宣教師にのみ関係すると考えられそうですが、異なる仕方で信徒にもかかわっています。イエス様は、彼を救い主として信じる者は、神を全身全霊を持って愛するようにと、かつ隣人を自分を愛するが如く愛するようにと教えられました。神を全身全霊を持って愛するというのは、人間がこの世から死んだ後も造り主のもとに永遠にいることができるようにと、ひとり子を犠牲にまでした神の愛と恵みにただ感謝して、その愛と恵みの中から外れずしっかりとどまって生きるということです。隣人を自分を愛するが如く愛するというのは、神がこの救いようのない自分に対して多大な愛と恵みを持って接して下さったように、自分自身も、どうしようもないと見える隣人に対して愛と恵みを持って接するということです。まさに、隣人にも神の愛と恵みが及ぶようにし、その中で生きられるようにすることが隣人愛です。隣人が同じキリスト信仰に生きる人であれば、その人が神の愛と恵みにしっかりとどまって、復活の命、永遠の命への道を踏み外さないよう歩めるように助けあい支え合うことです。もし隣人がキリスト信仰を持たない人であれば、神の愛と恵みの中にとどまる者としてその隣人に接しつつも、いつかは同じ道に歩みを共にすることができるようにと神に祈り願い、機会が与えられれば、聖霊の助けを得て神の愛と恵みを証すること、これが神の望まれる隣人愛です。こういうわけで、信徒も、牧会者や宣教師とは異なる仕方ではあっても、日常生活の場面で福音宣教に深くかかわっているのです。
 
最後に、先ほど見た福音宣教のサイクルでひとつ忘れてはならないことは、主は、牧会者・宣教師であろうと信徒であろうと宣教に携わる者を見捨てないということです。残念ながら、困窮や苦難そのものは消滅しません。というのは、この世はその性質上、造り主を忘れさせる自分中心主義や、この世を超えた永遠を忘れさせるこの世中心主義から抜け出ることができないからです。従って、この世を超える永遠と造り主に目を向けさせる福音に対し、この世が敵対するのは避けられません。しかし、私たちが困窮や苦難に陥っても、主はそのことを知らないということはありません。本日の箇所でもイエス様は弟子たちに食べる物がないことを知っておられ(「君たちには何も食べる物がないんだろ?」)、その時に現れました。このように主は、必ず助けに来て下さり、私たちが力を回復して新しいスタートを踏み出せるよう力づけて下さると本日の箇所は教えています。そのことを忘れないようにしましょう。本日の箇所以外にも聖書には、神は決して見捨てないとの教えが沢山あります。もちろん、この世の人生の歩みで、神が果たして私のことを心に留めておられるのか、と心配になり弱気になることが多々あります。それでも、洗礼によって神との間に絆が築かれたこと、その絆が聖餐式で受ける主の血と肉によって固く保たれること、これらは私たちの弱い感覚や感情がどう感じどう思おうが、神の目からみたら揺るぎのないものであります。そのことも忘れないようにしましょう。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン

2012年4月20日金曜日

信じ、かつ洗礼を受ける者は救われる (吉村博明)

説教者 吉村博明 (フィンランドルーテル福音協会(SLEY)宣教師、神学博士)

主日礼拝説教 2012年4月15日 復活後第一主日 
日本福音ルーテル横須賀教会にて
 
「使徒言行録」3:11-26、
「ヨハネの第一の手紙」5:1-5、
「マルコによる福音書」16:9-18
  
説教題 信じ、かつ洗礼を受ける者は救われる


私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。


わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

1.

 イエス様の復活は本当にあった出来事かどうかという問題は、それについての福音書の記述が信頼できるものかどうかという問題に結びつきます。そこで、復活についての福音書の記述そのものに問題があり、それがその信頼性を揺るがしていると見る人たちが大勢います。本日の福音書の箇所が入っているマルコ16920節も問題ありと見なされる記述の一つです。何が問題なのかというと、16920節は、もともとのマルコ福音書が168節で終わっていたのを、後で付け足して書いたと見なされるからです。つまり、マルコ11節から168節までが本当のオリジナルのマルコ福音書で、その後は誰かがイエス様の復活を本当のことのように見せたいために、空っぽの墓で終わっていたもともとのマルコ福音書に、姿をとって現われたイエス様のことを付け加えたのだ、と言うのであります。もっともらしく聞こえますが、事実は本当はそう単純ではありません。
 
まず、マルコ11節から168節までがオリジナルのマルコ福音書であったということがどうしてわかるのか、という問題があります。4つの福音書の中で一番古いと見なされるマルコ福音書が書かれたのは、西暦70年にローマ帝国の大軍がエルサレムを破壊した直前ないし直後である、というのが学界の多数派の見解です。なかには、西暦30ないし40年代に書かれたという研究者も若干います。ところが、いずれにしても、オリジナルのマルコ福音書は現存していません。私たちが目にすることができるのは、その手書きのコピーだけです。グーテンベルグの活版印刷術までは、本は手書きでコピーされ続けました。新約聖書の諸書物のコピーは地中海世界のあちこちで発掘され、今では主として欧米諸国の博物館や大学の図書館に保管されています。古代の手書きコピーはパピルスに記されたものですが、新約聖書のコピーで発見されたもので一番古いものは、西暦200年代のものです。マルコ福音書は、オリジナルは言うに及ばずコピーにしても、本が出現してから少なくとも150年位の間に出たものは発見されていません。マルコ福音書が記されている最古のコピーをみても、どれもが全体には程遠い一部分しか残されておらず、それらをつなぎ合わせるようにして、全体が「復元」されることになります。西暦300年代、400年代以後になるとより全体に近い形でコピーが出てくるようになり、「復元」作業はそれらも考慮に入れて進められました。現在、ギリシャ語の新約聖書としてよく用いられるNovum Testamentum Graecaeはそのような復元作業の上にできたテキストです。
 
今ここで問題となっているマルコ16920節は、これらの古いコピーには入っていませんでした。西暦700年代、800年代のコピーには入っているのが見つかりました。こうした年代の遅さが、この箇所が後世の付け足しであるという考えを強めていると思われます。しかしながら、西暦200年代のコピーになかったというのは根拠としてそんなに強くありません。なぜなら、その頃のコピーはどれを取っても福音書の一部分しか残していないからです。残っていない部分にどんなテキストがあったかはわかりません。それに忘れてはならないことが一つあります。それは、イレナエウスという西暦100年代後半に活躍したリヨンの教会の指導者・神学者がこのマルコ16920節を引用しているのです(この引用の事実は4世紀終わりに由来する引用のラテン語訳から知ることができるのですが)。そういうわけで、マルコ16920節の起源は、一気に西暦100年代後半に遡るのです。これで、200年代のコピーにはないのに700年代のコピーにでてくるのだから、というのは、付け足し説の根拠にはなりえないことがおわかりいただけたかと思います。それでは、付け足し説にもう少し付き合うとして、オリジナルのマルコ福音書は168節で終わって、920節は西暦100年代半ばに書き足された、としてみます。ところが、先ほど申し上げましたように、マルコ福音書はオリジナルは言うに及ばず、コピーも西暦100年代を通したものは発見されていません。付け足しかそうでないかは、そのようなものが発見されないと確実なことは言えないのです。
 
マルコ16920節がもともとのマルコ福音書になかったと疑う根拠に、その内容がマタイ、ルカ、ヨハネの三福音書の記述から要約したと見えることを挙げる人もいます。つまり、付け足しを書いた人は、マルコ福音書より後に出た三福音書を読んで、イエスが人々に姿を現した出来事を少しずつ取って要約してつなぎ合わせて、マルコ福音書の終わりにくっつけた、というのであります。例えば、マルコ16911節はイエス様がマグダラのマリアに現れた記述ですが、これはヨハネ201418節にある詳細な記述の要約、マルコ161213節にある移動中の二人の弟子に現れたという記述は、ルカ241335節にある有名な「エマオの道」の出来事の要約、マルコ1614節で、イエス様が11弟子に現れたと記述は、ルカ243643節とヨハネ2019232629節にある詳細な記述の要約、そしてマルコ161518節にあるイエス様の弟子たちに対する宣教命令は、マタイ281820節の要約である、という具合です。
 
これも、文章をよく見るとそう単純なことではありません。というのは、要約した内容は、要約のもとの内容と食い違いがあり、マルコの記述は必ずしも、三福音書の要約とは言い難い点があるからです。移動中の二人の弟子にイエス様が現れた出来事について、マルコでは他の弟子たちは二人を信じなかったことが強調されますが、ルカの「エマオの道」の出来事には他の弟子たちの不信仰は触れられません。イエス様の宣教命令をみても、要約元であるはずのマタイ福音書は、信仰を持つ者に伴う奇跡について何も言っていません。こうなると、マルコ16920節は、マタイ、ルカ、ヨハネの三福音書のつまみ食い的要約などとは言えず、三福音書の記述と並んで、ひとつの独立した伝承の流れに由来するものと見なすことができます。
 
このように、復活したイエス様が人々に現れた出来事について、4つの異なる伝承の流れがあるとすると、どれが本当の出来事を記しているのか、という疑問が出てくると思います。それについては、昨年8月の本横須賀教会の礼拝説教で、なぜ4つの福音書では同じ出来事の記述に違いがでるのか、という問題を取り上げた時に教えたところです。ごく簡単におさらいします。イエス様にまつわる出来事の目撃者である弟子たちの証言は、伝承されたり記憶にとどめられたりしていくうちに、そうする人たちの置かれた状況やものの見方も手伝って、強調したいところはより強調され、瑣末に思われるところは背後に退くということが起きる。それで、最初の目撃者の証言の伝承や記憶は、時間の経過とともに膨らんだり縮んだり、また記述される出来事の文脈が変わってきたりすることがある、ということでした。ただし、このような場合でも必ず忘れてはならないことは、記憶やものの見方に相違があると言っても、これらの目撃者、伝承者、福音書記者はすべて皆、イエス・キリストが死から復活した神の子であると信じた人たちで、パウロを含む使徒たちの教えをしっかり守った人たちであるということです。このように大元のところは同じなのですから、記憶やものの見方に相違があっても、それは大元のものを覆すほどのものでは全くなく、許容範囲にとどまるものです。その意味で、伝承の過程において聖霊のコントロールがしっかり働いていたと言うことができます。ただし当時は、聖霊のコントロールから外れる伝承、教え、見解も多く流布しておりました(トマス福音書とかユダ福音書とか)。しかし、そうしたものは一切、聖書のなかに入ることはできませんでした。聖霊の働きの結晶である聖書をあなどってはいけません。
 
そういうわけで、4つの福音書のイエス様の復活の記述にいろいろ相違があっても、(1)墓の前の大石が取り除かれ墓が空だったこと、(2)最初にそれを目撃したのは少なくともマグダラのマリアであったこと、(3)イエスが復活してすでに墓から出て行ったことを天使が告げたこと、(4)その後でイエス様は何人かの弟子たちに現れ、最後に11人の弟子に現れたこと、以上は、どれも中核として貫いています。本当に起きたことは、この中核に強く結びつくものだったのでしょう。
 
以上から、マルコ16920節は、後の付け足しであると結論を下すためにはクリアーしなければならない問題が多くあることがわかっていただけたかと思います。もちろん、以上の議論からすぐ同箇所がマルコ福音書のオリジナルにあったと結論づけられるかというと、それもまだ決定的なことは言えないというのも事実です。しかし、ひとつ確実な結論があります。それは、マルコ16920節は、マタイ、ルカ、ヨハネの記述に寄りかかってできたものでなく、それらと並んで、同じく聖霊のコントロールのもとに出てきた記述であるということです。それゆえ、聖書の他の箇所と同じく、人に信仰を生み出す力を持つ神の御言葉であるということです。
 
 
2.
 
 それでは、マルコ16920節も人に信仰を生み出す力を持つ神の御言葉という以上、本日の箇所である918節は私たちに何を教えているのでしょうか?本説教では、二つの大きな教えに絞って見ていきたいと思います。一つめは、イエス様の復活を信じることがキリスト教信仰の基本にあるということです。主の復活を信じるということは、どんなことかをみてみましょう。
 
イエス様は、まずマグダラのマリアの前に姿を現しました。マリアは弟子たちにイエス様を見たと言ったのに、彼らは信じませんでした。それから、イエス様は移動中の二人の弟子たちに現れ、彼らは他の弟子たちにそれを伝えましたが、これも信じてもらえませんでした。その後で、イエス様は、11弟子が集まっているところに直接現れて、彼らが信じなかったことを叱責されます。この時、イエス様が叱責したのは、彼らの「不信仰」と「心のかたくなさ」の二つですが、何が「不信仰」、「心のかたくなさ」の内容かというと、「イエス様が復活させられたのを目撃した者を信じなかった」ことと記されています。マルコ334節で、イエス様は御自分につき従って来た者たちを自分の母であり、兄弟姉妹である、と言われました。つき従った者たちはそれくらい一つの家族のようなものなのに、その同じ家族に属するマリアや二人の弟子たちが、復活した主を見た、と言っても信じないのは、救いがたい不信仰、心のかたくなさであります。この不信仰、心のかたくなさを打ち砕くためには、主が自ら現れる以外にありませんでした。自分の目で復活した主を見た弟子たちは、信じるもなにも、もう見たことを受け入れるほかはありません。こうして不信仰と心のかたくなさを打ち砕かれた弟子たちは、迫害や死をもおそれない福音の宣教者として生まれ変わるのであります。
 
 「イエス様が復活させられたのを目撃した者を信じるかどうか」ということは、弟子たちを超えて、実は私たちにもかかわってきます。「復活させられた」というのはギリシャ語の原文でεγηγερμενονですが、これは動詞の受動態の分詞形で、しかも現在完了形です。つまり、西暦30年頃ユダヤ教の過越祭の最中の金曜日にエルサレム郊外で処刑され、三日後の安息日に死から復活させられたイエス様は、今もなお復活させられた状態でおられるという意味です。つまり、「イエス様が復活させられたのを目撃した者を信じる」というのは、イエス様があの時あそこで復活したと信じますという歴史的事実の確認にとどまりません。今もなお復活させられた状態でおられる主を、まさにそのようなものとして受け入れることであります。そして、その今おられる主と共に人生の道を歩み始めるということであります。ここで、この復活の主を受け入れるということは、聖書なしにはありえないということを忘れてはいけません。というのは、私たちには主の復活を目撃した者が身近にいません。目撃者の証言やそれを聞いて信じた者たちの信仰がまとめられている聖書が、私たちにとって目撃者の役割を果たしているからです。それですので、日々聖書を身近なものとし、学びを怠らないようにしましょう。
 
 
3.

本日の福音書の箇所が私たちに教える二つめのことは、「信じ、かつ洗礼を受ける者が救われる」ということです。日本語の訳で「信じて洗礼を受ける者は救われる」というと、救われるためには、最初に信じることがあって、次に洗礼を受けることが来る、というような順番があるような印象を受けますが、そうではありません。これは双方が一緒にそろって、救われるという並列の関係にあります。つまり、イエス様が救い主であると信じても洗礼を受けていなければ、まだ救いに与っていない。洗礼を受けても信じていなければ、それも救いに与っていないことになる。両方がそろわないといけない。
  
そうなると、赤ちゃんは幼児洗礼によっては救われないのか、洗礼は子供が誰を救い主と信じるか自分でわかる年齢に達するまでは受けても意味がないのかという議論が起こります。ここで大切なことは、幼児洗礼には、人間の救いが神からの贈り物として与えられる、ということが最も強くあらわれるということです。つまり、人間は堕罪によって死という永遠の滅びに定められてしまいました。人間がそこから救われて復活の命を持って永遠に造り主の神のもとにいられるようにと、神はイエス様を十字架の上で私たちの身代わりとして死なせ、かつ死から復活させることで永遠の命に至る扉を開いて、この救いを実現して下さいました。救いは、神がイエス様を用いて全部整えて下さったのです。救われるために私たち人間の側ですることと言えば、イエス様を救い主と信じ、かつ洗礼を受けて、この救いを贈り物として受け取ることだけです。
 
無力で非力な赤ちゃんは、ただ受け取ることしかできませんが、大人は、どうしても自分はちゃんと聖書やキリスト教の教理を理解できているかとか、どこまで真人間になったかとか、ということが気になって、救いを受けるのにまずそれにふさわしい人間にならなければならないと考えてしまう。神の方では、罪と不従順に染まったままの人間がそこから助けて下さいと叫べば救いを受けられ、それで十分としているのに、人間の方で、あたかもそれでは不十分のようにしてしまう。もちろん、大人が洗礼を受ける時、洗礼が何をもたらすのか知らないでは受けられませんので、その意味で教理を学ぶことは必要です。しかし、その学びは、学べば学ぶほど自分は神の救いを赤子のように受け取らないと救われないと観念するような学びでなければなりません。その意味で赤ちゃんは、そのような学びが必要ないのです。
 
しかしながら、赤ちゃんが洗礼を受けたら、それで終わりということにはなりません。子供が育っていくにつれて、自分がどれほど大きな贈り物を受けているのかをわかるようになっていかなければなりません。そうなるために両親の責任は大きなものがあると言えましょう。つまるところ、幼児洗礼の場合、信仰とは、自分が受けた神の愛と恵みの深さ大きさを自覚するようになること、そうしたものを受けた者として自覚的に生きることと言い換えてもいいかもしれません。このように育てられた子供は、まさに「信じ、かつ洗礼を受ける者」となるわけです。ところで、欧米の伝統的なキリスト教国では大体そうなのでしょうが、私の居住していたフィンランドでも、幼児洗礼は形式的なものに堕してしまっています。子供が自分の受けた神からの贈り物がどれほどのものか、わからずに大きくなってしまうことが多くみられるようになりました。これでは、「信じ、かつ洗礼を受ける者」にはなれません。親の責任は重大です。人は神からの贈り物がわからなければ、心に神への感謝は生まれなくなります。神への感謝が生まれなければ、ものの見かたや考え方は造り主を忘れた人間中心に、また永遠の命を忘れたこの世中心なものとなってしまいます。
 
 それでは逆に、イエス様が救い主であると自覚して生きるから洗礼はいらない、と言った場合はどうでしょうか?それでも、やはり救いに与ることはできないと言わなければなりません。というのは、洗礼なくしてイエス様を救い主と信じて生き続けることは不可能だからです。ペトロがイエス様のことをメシア(救世主)、神の子と告白した時、イエス様はペトロにそれを言わせたのは人間の血と肉ではなく、天の神そのものであると言いました(マタイ1617節)。ヨハネは、イエス様をメシアと信じる者は神から生まれたのである、と言います(第一ヨハネ51節)。つまり、人間がイエス様を救世主と信じるのは、人間の力や能力から来るのではなく、神からの霊である聖霊の力によるのです。人間の力や能力だけでイエス様を評価しようとすれば、せいぜい歴史上の類まれな宗教家とか哲学者とかイデオローグという位置づけになるでしょう。歴史上の人物ですから死にますし、今も復活した状態でおられるなどととても考えられたりはしません。
 
洗礼を受ける前の段階の人がイエス様を救い主とか今も復活しておられると信じ始める時、それはその人が聖霊の影響を受け始めたことを意味します。ここまで来たらあとは洗礼を受けるのが自然の流れです。洗礼を受けるということは、また聖霊を受けることも意味します。洗礼を通して聖霊を受けることで、人は恒常的にイエス様を救い主と信じる信仰を持って生き始めることになります。このようにしても、「信じ、かつ洗礼を受ける者」となることができます。
 
 
4.

 以上、本日の福音書の箇所であるマルコ16918節は、これも人に信仰をもたらす神の御言葉であることをみて、その箇所が教えることとして二つの事柄をみてきました。一つは、イエス様の復活を信じることがキリスト教信仰の基本になっているということ、もう一つは、「信じ、かつ洗礼を受ける者」が救われるということでした。
 
 最後に、「信じる者に伴う」(167節)と言われる奇跡のしるしについて少しだけ触れておきましょう。本日の箇所で、そのようなしるしとして、悪霊を追い出すこと、異言を語ること、蛇をつかんだり毒を飲んでも傷つかないこと、病人を癒すことが数えられています。ここで注意しなければならないことは、これらのことが伴わなくても、それは信仰の弱さとか欠如を示すものではないということです。「伴う」παρακολουθησειというギリシャ語の未来形の動詞は「伴うことが可能である」と可能の意味に考えることもできます。いずれにしても、救われる大前提は「信じ、かつ洗礼を受ける」ことにあることは、先に見た通りです。他方で、自分に信仰があることを示してやろうと、こういう奇跡のしるしを追い求めることは本末転倒です。それは「神を試す」(マタイ27節)ことになります。ここにリストアップされている奇跡のしるしは、どれもが福音の宣べ伝えに際してあらわれたものであることにも注意しましょう。「毒を飲む」というしるしの事例は新約聖書には見つかりませんが、「蛇をつかむ」ことはパウロがローマに送られる途中のマルタ島で体験したことが使徒言行録に記されています(2836節)。そういうわけで、信じる者にどんな奇跡のしるしが伴うかを考えるよりも、私たちの隣人が「信じ、かつ洗礼を受け」て救いに与る者となれるようにと、祈り、働きかけることの方が本質的なことではないかと申し上げて、本説教の締めにしたいと思います。
 
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン