2018年4月16日月曜日

目撃者の勇気 真実に生きる勇気 (吉村博明)

説教者 吉村博明 (フィンランド・ルーテル福音協会宣教師、神学博士)

スオミ・キリスト教会

主日礼拝説教 2018年4月15日 復活後第二主日

使徒言行録4章5-12節
ヨハネの第一の手紙1章1-2章2節
ヨハネによる福音書21章1-14節

説教題 「目撃者の勇気 真実に生きる勇気」


 私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

 わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

1.ペトロの弁明

皆様お気づきのように、日本のルター派のキリスト教会のカレンダーでは、復活祭から聖霊降臨祭までの2ヶ月弱の期間、主日礼拝で朗読される聖書の日課に旧約聖書がありません。通常ですと、第一の朗読に旧約聖書、第二の朗読に新約聖書の使徒書簡、第三の朗読に新約聖書の福音書の三つが読まれます。ところが復活祭から聖霊降臨祭までは第一の朗読は旧約聖書ではなく、かわりに新約聖書の使徒言行録です。ちなみにフィンランドのルター派教会では第一の朗読は旧約聖書のままです。どうしてそういう違いがあるのかはわかりませんが、スオミ教会の聖書日課は日本のカレンダーに従っていますので、使徒言行録の日課も解き明しの対象にしていきます。

使徒言行録は、復活されたイエス様が天に上げられ、その後で弟子たちに聖霊が降り、その力で彼らがイエス様を救い主であると宣べ伝え始める、というところから始まります。弟子たちの宣べ伝えがエルサレムから始まって、現在のトルコ、ギリシャを経てイタリアへと地中海世界に広がって行く過程が躍動感一杯に描かれています。最後はパウロがローマに護送されたところで終わりますが、大体30年間位の出来事が記録されています。本日の日課の箇所は、聖霊が降った出来事からまだ間もない頃、ペトロとヨハネがエルサレムでユダヤ教社会の指導者たちに捕えられて尋問を受けた出来事です。なぜ、捕えられたかと言うと、3章に出来事の発端があります。ペトロが、エルサレムの神殿で奇跡の業を行います。足の不自由な物乞いに向かってイエス様の名前を口にした途端にその人の足が治ってしまったのです。驚いている群衆を前にペトロは、イエス・キリストという名前自体にこのような奇跡を起こす力がある、その名前を持つ方を素直に受け入れれば名前に備わっている力がこのように発揮される、ということを述べます。加えて、国の指導者たちはイエス様を十字架刑で殺してしまったが、父なるみ神は彼を死から復活させられた、自分たちはその復活されたイエス様の目撃者であると証言します。

このように言われると、イエス様の十字架刑というのは、執行した時こそ指導者たちは自分たちの権威を脅かす危険人物を抹殺できたと思っていたのが、イエス様の復活によって覆されてしまったことがわかります。しかも、神は初めからイエス様の受難を見越していて彼を死から復活させるおつもりだった、ということであれば、指導者たちが自分たちの意志と力でやったと思っていたことは全て、神の計画を実現するために駒のように動かされていたに過ぎなかったということもわかります。そうなると、群衆としても、神に逆らうことなど不可能だ、何をやっても全部お見通しで神の良いように持って行かれてしまう、逆らえれば逆らうほど袋のネズミになってしまうと観念せざるを得ません。ペトロの説教の後で、男性だけでも5,000人がイエス様を信じるようになったと記されています(44節)。

しかしながら、群衆がイエス様を信じるようになったのは、神に逆らうことは愚かなことと観念したからだけではありません。ペトロは、群衆に対する説教を次のような勧告で締めくくります。3章の2526節です。「お前たちは神が先祖と契約を結ぶ時、かつてアブラハムに言われたことが出発点にあることを覚えているか?神はアブラハムに『お前の子孫を通して、地上の全ての民族は神から祝福を受けることになる』と言われたのだ。それゆえ、神がイエス様を死から復活させられたのは、まずイスラエルの民に属するお前たちのためであった。今のままではお前たちは、イエス様を十字架刑に処してしまった側についてしまうことになる。それでは、イエス様がこの世に送られたことはお前たちにとって呪いになってしまう。しかし、お前たちが悪を断ち切るならば、イエス様が送られたことは祝福になる。この祝福はお前たちから始まって全世界の民族に及ぶことになる。」

大体このようなことをペトロは述べました。群衆は、神のひとり子を十字架にかけるという、まさに神に対する反逆行為が祝福に転換して、かつそれがアブラハムに約束された全世界の祝福になるとわかったのです。全知全能の神に逆らうことは出来ないという観念と過ちを祝福に転換できるというチャンス。こうなったら、常に神がついていて復活させられたイエス様を神のひとり子であると信じないわけにはいかないでしょう。

イエス様の十字架は、一見すると、自分の権威を守りたい指導者たちの神に対する反逆行為と見ることができますが、実はそれよりももっと大きい、本質的な意味があります。それは、神と人間の関係が崩れてしまった原因である罪の問題、それを解決したことです。それが、イエス様の十字架の本質的な意味です。神は、崩れてしまっていた人間との結びつきを回復するために、人間の罪の問題を次のように解決しました。まず、人間に宿る罪を全部イエス様に負わせて、十字架の上に運ばせて、そこで神罰を人間に代わって全部イエス様に受けさせたのです。こうして罪の償いがイエス様によってなされました。そこで人間が、ああ、イエス様はこの私のためにそうして下さったのだ、とわかって、それで彼を救い主と信じれば、その瞬間に罪の償いがその人に起こって、神の目から見て償いが済んだと見てもらえるようになったのです。その人には、自分の命はイエス様の尊い犠牲の上にあるという自覚が生まれます、これからは神の意思に沿うような生き方をしようと志向します。その時、その人は神との結びつきを持ててこの世を生きるのであり、順境の時も逆境の時も神から絶えず見守られ良い導きを受けていると信じることができ、また、万が一この世から死ぬことになっても、その時こそ神は御手をもって御許に引き上げて下さると安心することができます。今の世にあっても次の世にあっても神との結びつきは変わりません。これがアブラハムの子孫であるイエス様を通して全世界の民に与えられる祝福だったのです。

以上のようにイエス様の十字架とは、人間が神の祝福を受けるための神の側での犠牲行為であり、それが起こることは既に旧約聖書の中で預言されていました。ただ、具体的にいつ何年に、どんな形で起こるかは記されていませんでした。それが約2,000年前の具体的な歴史状況の中で起こりました。ユダヤ民族がローマ帝国の占領下に置かれていた時、民族の指導者たちが占領者に気づかいながら伝統と権威を保持できているという状況の中で起こったのです。そういう状況だったから、神のひとり子の犠牲は、ローマ帝国の厳罰である十字架刑という形をとって実現したのです。

本日の使徒言行録の箇所で、指導者たちはペトロとヨハネを尋問します。自分らが処刑に委ねてしまったイエスが実は神のひとり子、旧約聖書に預言された救世主であったなどと広められてはたまりません。自分たちこそが旧約聖書の伝統の権威ある守り手だと思っているのに、そんなことを言われたら権威はガタ落ちです。ここからもわかるように、指導者たちは旧約聖書がユダヤ民族を超えて全人類に意味を持つことを把握できていませんでした。尋問されたペトロは全く怯みません。彼は真理を述べます。それは大体次のような内容でした。「足の不自由な人が癒されたのは、その人がイエス・キリストの名前を聞いて、その名前が冠せられた人物をそのまま受け入れたことによる。ただし、癒しそのものは名前自体にそうする力があるためで、受け入れたことでその力が現れたにすぎない。このようにイエス・キリストの名前にははかりしれない力が秘められているが、力の中で最大のものは何と言っても、罪の償いと赦しを確立した力である。そしてそれを受け入れる者に対していつも神と共にいられる永遠の命を与える力である。」それでペトロは弁明の締めくくりで、イエス様をおいて他に救いはない、人間を救うことが出来る名前はイエス様の名前以外にこの世には与えられていない、と結んだのです(412節)。

ここの大事なポイントは、イエス様の名前は神の前で人間の罪を赦し永遠の命を与える力、つまり人間を救う力を持つということです。ただ、そう言っただけでは、救いは目で見たり手で触ったり出来ないので口先だけのものにしか聞こえないでしょう。それで、イエス様の名前には本当に力があるということを具体的に示すために、足の不自由な人を群衆の前で癒したのです。

弁明の中でペトロはまた、イエス様の十字架と復活の意味を明らかにするために、旧約聖書詩篇11822節の預言「家を建てる者が捨てた石が隅の親石になった」を引用します。その意味は次のことです。「ユダヤ教社会の指導者たちは、『これをすれば、あれを守れば、神の目に相応しいものとされる』と言って、人間の業に基づく救いのシステムを構築してきた。そこに、そのシステムは間違っていると主張するイエス様が登場したが、指導者たちは石を捨てるように彼を排除してしまった。しかし、イエス様は死から復活させられて、神の目に相応しくなれるのはこの自分を救い主と信じることによってである、そういう救いのシステムを作り上げてしまった。」つまり、イエス様があたかも新しい建物の土台になったわけです。

2.目撃者の勇気 真実に生きる勇気

本日の日課のペトロとヨハネの尋問は、キリスト信仰者が権力側から受ける尋問の最初のものでした。使徒言行録のこの後は、尋問のみならずイエスの名を宣べ伝えてはならないという警告・脅しそれに迫害ということもどんどん増えていきます。それもキリスト教が地中海世界に広がるにつれて、ユダヤ教社会の権力者だけではなく、ユダヤ教と関係のないローマ帝国の権力者にまで拡大します。他方でイエス様を救い主と信じる人たちも、ユダヤ民族から他の民族へと広がって行きます。そうした進展と拡大が使徒言行録によく記されています。

ペトロを初めとする使徒たちが、度重なる尋問や迫害にもかかわらず、怯まずにイエス様のことを宣べ伝え続けた理由として、本日の箇所でも言われますが、「聖霊に満たされた」(48節)ことが挙げられます。もちろん、イエス様の出来事を自分の目で目撃したということも、彼らに勇気を与えたでしょう。目で見た以上は、そんなことはなかったと言うことはできないからです。しかしながら、聖霊は、イエス様の十字架と復活の出来事の真の意味を信仰者に明らかにします。一見、権威に楯突いた者の処刑にしか見えなかった出来事が、実は神の人間救済計画の実現だったとわかるのは、聖霊が働いたからです。まず出来事を目撃することで、それが弟子たちにとって動かせない事実になる。それに加えて出来事の真の意味を聖霊から知らされる。こうなると、イエスの名を宣べ伝えるなと言われても、それは無理な話です。自分たちが目で見た出来事には、天地創造の神が全ての人間に与えたがっている大事なものがあるとわかっているからです。

自分がこの目で目撃したことには大きな意味がある、とわかる。そうなると、それを見ていないとは言えなくなります。そんなことは見なかったことにしろ、起こらなかったことにしろ、言う通りにしないとどうなっても知らないぞと圧力をかけられて、その通りにしたら嘘をつくことになります。なんだかある国の国会論戦での関係者の発言内容が頭に浮かびますが、たとえ名誉と地位を失うことになっても、身を危険に晒すことになっても、目撃したことが持っている大事な意味のゆえに見たことは見たと言う、これは真実に生きることです。そしてそれは勇気のいることです。その勇気が使徒たちにはありました。ただし、イエス様の復活の前はありませんでした。イエス様が十字架にかけられた時、皆逃げてしまったのですから。しかし、復活された主に再び会えたことと聖霊の力を受けたことで十字架の意味がわかりました。わかった以上は、真実を曲げることは出来ません。

さて、私たちはどうでしょうか?私たちは十字架の意味はわかりますが、出来事を目撃していません。弟子たちと立場が異なります。しかし、出来事の大事な意味がわかった目撃者たちの目撃録が聖書に収められているのです。彼らは記録の専門家ではありませんから、記述は荒っぽいかもしれません。しかし、私たちは聖書を読み聞くことで目撃者たちと同じ視点、観点を持つことが出来るのです。ということは、目撃者と同じ真実に生きる勇気を持てるのです。これが本当かどうか、試しに本日の福音書の箇所ヨハネ21章をよく目を見開いてみてみましょう。

3.復活したイエス様とガリラヤ湖で出会う

 本日の福音書の日課はヨハネ21章の出来事、復活されたイエス様がガリラヤ湖にて弟子たちの前に現れた出来事です。ペトロが他の6人の弟子たちと一緒にガリラヤ湖で漁をしようということになりました。そこで弟子たちは夜通し漁をしましたが、何も獲れませんでした。体も疲れ、お腹も空いてきて、がっかりぐったりの状態だったでしょう。

 そうしているうちに夜が明け始めました。その時、イエス様が湖岸に現れました。弟子たちのいる舟と湖岸の間は200ペキス、今の距離にして86メートル程です。弟子たちは現れた男に気づきますが、初めはイエス様だとはまだわかりません。それが、イエス様とのやり取りを通してわかるようになります。どんなやり取りがあったのかを見てみましょう。

イエス様は弟子たちに「子たちよ、何か食べ物があるか」と聞きますが、ギリシャ語原文で「子たちよ」というのは、実は複数の大人の男たちを相手に呼びかける言い方です。それで、新共同訳のように直訳せずに、「君たち!」とか「お前たち!」というのが正確でしょう。「何か食べ物があるか」というのも、実はギリシャ語原文では、「ありません」という否定の答えを期待する疑問文です(μηで始まる)。それなので、本当は、「君たちには何も食べる物がないんだろ?」と訳さなければなりません。そういうわけで、ここは、「君たち!君たちには何も食べる物がないんだろ?」となります。「ないんだろ?」と聞かれた弟子たちの答えは、「そうだよ。ないんだよ」となります。答えを受けてイエス様は、「それじゃ、舟の右側に網を打ってみなさい。そうすれば見つかるから」とアドヴァイスします。

このやりとりから推測するに、弟子たちは、かつて主が群衆を従えていた時と違って、今は自分たちが処刑された男の仲間であると知られたくない状況になってしまった。以前のように気前よく食事の提供も受けられなくなってしまった。自分たちで食べ物を探すしかないという状況になってしまった。弟子たちは、空腹だったでしょう。イエス様は、舟の右側に網を打てば食べる物が見つかる、と助言しました。そして、食べる物は見つかるどころか、溢れかえるくらいでてきたのです。

まさにこの時、かつてガリラヤ湖岸の町ゲネサレトで起きた出来事がペトロの脳裏に蘇ったでしょう。それは、ルカ5111節に記述されている出来事です。「あの時、主は舟に乗って岸辺の群衆に教えを宣べられていた。教え終わった時、主は私に網を下ろすように命じられた。私は、夜通しやってみたが何も捕れなかったと言ったのだが、主がおっしゃるのでその通りにした。すると、網には舟が沈まんばかりの魚がかかっていた。それと同じことが今また起きたのだ。あの湖岸に立つ男は、実は主なのだ。」この結論を先に口にしたのは、この福音書の記者であるヨハネでした。ペトロは、ヨハネが「主だ!」と言うのを聞くや否や、復活の主に相まみえるべく湖に飛び込もうとしますが、その瞬間、ほとんど裸同然であることに気づきます。これでは光栄ある謁見に相応しくない。すかさず上着をつけます。そして、せっかくの身なりが台無しになるのも意に介さず、上着のまま湖に飛び込みます。これなど、誠にペトロの性格がよく現れている出来事です。記述のリアリズムが溢れています。

ペトロは先に岸に泳ぎ着きました。少しして舟が魚で一杯の網を引きずって到着しました。その間、イエス様とペトロの間にどんなやりとりがあったかは記されていません。本福音書の記者ヨハネはまだ舟に乗っているので、やりとりを聞いていないわけです。このことがまた、この箇所が目撃者の視点で書かれていることを示しています。

こうして弟子たち全員が岸にあがると、イエス様は炭火をおこしてすでに魚を焼き始めていました。パンもありました。弟子たちは疲労と空腹がかなりあったでしょう。イエス様は、弟子たちに「さあ、来て、朝食をとりなさい」とねぎらいます。復活の主に再び会えただけでなく、その主から今まさに必要としているものを整えてもらって、弟子たちの得た安堵はいかほどのものであったでしょう。このように、肉体的、精神的または霊的に疲労困窮した者をねぎらい、励まし、力づけることはイエス様の御心です。マタイ1128節で自分自身、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ1128節)と言われる通りです。

 このように、ヨハネ21章の出来事の記述は、福音書記者ヨハネ自身の目撃したことに基づく生き生きした記述であることがわかります。この記述はイエス様の復活が実際にあったという証言にとどまらず、キリスト信仰者にとって多くのことを示唆するものです。弟子たちは、夜通し網を打っても何も捕れませんでした。疲労と空腹の只中で、イエス様が助言して、それに従うと、予想を超えることが起きました。そしてイエス様に疲労を癒してもらい、空腹を満たしてもらいました。イエス様が用意されたのは朝食でしたので、それを食べて元気をつけたらまたその日の務めに向かいなさい、そういうひと時を整えて下さいました。

この出来事からもキリスト信仰者は、イエス様は自分を信じる者を決して見捨てないということを知ることが出来ます。残念ながらこの世では信仰者といえども、苦難や困難から逃れることはできません。というのは、この世は本質的に、造り主を忘れさせる自分中心主義と、この世を超えた永遠を忘れさせるこの世中心主義に染まっているからです。翻って、福音というものは、まさにこの世を超える永遠と万物の造り主に目を向けさせるものです。従って、この世が福音と福音に生きる者に敵対するのは避けられません。しかし、私たちが苦難や困難に遭遇しても、イエス様はそのことを知らないということはありません。本日の箇所でもイエス様は弟子たちに食べる物がないことを知っておられ(「君たちには何も食べる物がないんだろ?」)、まさにその時に現れました。そしてアドヴァイスし、労って力づけて下さいました。このように主は、必ず助けに来て下さり、私たちが力を回復して新しいスタートを切れるよう力づけて下さるのです。これらのことがわかれば、目撃者でない私たちも目撃者たちと同じように真実に生きる勇気を持つことができます。兄弟姉妹の皆さん、このことを忘れないようにしましょう。


 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン